日本人の原点である“ごはん”をおいしく食べる
仕事や育児に追われる毎日の中で、毎食、きちんとした食事を用意するのは至難のワザ。多忙な読者世代に向けて、ばぁばはこんなアドバイスをしてくれた。
「例えば、きゅうりだったら2~3本の天地を落として薄切りにして、3%の塩水に放すの。3カップで600ccのお水の3%は18gね。大さじ1杯が15gだから、大さじ1強のお塩を入れれば3%の塩水ができます。薄切りにしたきゅうりを入れると20分から30分でしんなりとしますから、それをきつく絞って容器に入れておくの。わかめを足して調味すれば 酢の物になるし、おだしと酢と砂糖と少量のしょうゆであえればきゅうりもみができます。ポテトサラダに入れても青々としておいしいわね。こうやって、ひとつのものからいろいろなバリエーションが広がっていくのがお料理なのよ」
時短や手抜きの料理が脚光を浴びている今、本書からは基本の大切さが伝わってくる。
「そもそも、基本的な手のかけ方を知らなければ、手の抜き方をわかるはずがないわね。今は便利な道具が多くて、ごはんだってスイッチオンで炊きあがります。でも、なにも考えずに作っていたのでは、いつまでたっても料理は上達しませんよ。“しまった!”と思うことがあって当たり前で、失敗してもいいの。“次はこれをしないほうがいいわ”と失敗から学ぶことで、上手になっていくんですから。それまでは、基本をよく覚えることと、そのときの状態をよく見ることが大事」
ばぁばは結婚当初から、文化鍋と呼ばれる厚手のアルミ鍋でごはんを炊いているという。本書では、ばぁばが日常的に行っているごはんの炊き方も紹介されている。
「お鍋でごはんを炊くと、電気釜よりも早く、おいしく炊きあがるのね。私は、梅干しの種を抜いて包丁で叩いたものをガラスの瓶に入れておくの。のりはちぎって容器に入れて、ごまも常備しているのね。ごはんに梅干しを入れてのりを巻けばすぐにおむすびが作れるし、梅干しとのりとごまを合わせてちりめんじゃこでも散らしたら、それだけで素晴らしいごはんになるでしょう?」
そのおいしさはわかっているものの、鍋で炊飯するのは物理的に難しい。でも、ほんの少しの心がけで炊飯器のごはんもおいしく食べることができるのだそうだ。
「ごはんはいちばん最後に、お料理が食卓に並んでから炊きたてをお出しするの。炊飯器を使う場合は、おかずを作る時間を逆算してからスイッチを入れること。そうすれば、炊きたてに近いごはんを食べることができますよ」
“食べることは生きること”と話すばぁばだが、ときには料理が面倒に思える日もあるという。
「女の人は、なんにもしたくない日があるでしょ。そういうときは手を省いていいし、おむすびとお漬物でもいいの。私も盛大に省くことがあるわよ。炊き上がったときにぽつぽつと“カニの穴”があいていて、ふわっと湯気が立つごはんを食べれば、たとえおかずが缶詰でもおいしいの。なんといっても、ごはんは日本人の食の原点なのですから」
■取材後記
声は大きくて話し方は快活で、卒寿を過ぎたとは思えないほどエネルギッシュなばぁば。取材中には、料理教室で渡しているという献立を見せてくださいました。文字はすべて筆書きで、季節の野菜などの絵もご自身で描いているのだそう。「絵心というほどのものでもないですけれど、こうやって私自身も楽しむようにしておりますよ」。何ごとも楽しむ姿勢が元気の秘訣とお見受けしました。
取材・文/熊谷あづさ
<著者プロフィール>
すずき・ときこ。1924年、青森県八戸市生まれ。自宅ではじめた料理教室をきっかけに、46歳のときに料理研究家としてデビュー。以来、料理教室を続けるかたわら、家庭料理にこだわった和食の心を、古来の美しい行儀作法とともに伝える。テレビをはじめ雑誌などで広く活躍。料理番組『きょうの料理』(NHK)への出演は40年を超える。『「ばぁばの料理」最終講義』(小学館)など著書多数。