“言霊”の力に目覚める
不運はさらに続いた。
事故後、風邪をこじらせた。迷惑をかけたくないと無理に出演し続けていたところ、重い肺炎を患ってしまったのだ。
急きょ、地元・岡山の病院に入院するが、一向によくなる気配を見せない。
「常に37・5度から38度の微熱があって。身体がダルくて仕事ができない」
入退院を繰り返していたある日、ひとつの記事が目にとまった。奈良・信貴山にある断食修行道場の記事であった。
「そこに行くとどんな病気でも治るというんです。藁(わら)にもすがる思いで、もう一目散に行きましたよ」
用意された断食道場の大部屋には、末期がん患者から精神疾患の人まで、現代医学から“もう治らない”と見放された人びとが一縷(いちる)の望みをかけ、日本中から集まっていた。
道場では仏教の修行をしつつ、道場についた翌日から減食(食事を減らしていく)を始め、その後10日間の本断食を行う。復食(食事を徐々に戻していく)を含めれば、25日間にも及ぶ修養である。
だが積もり積もった不養生からの回復は、たった1回の断食ではカバーできない。
半年おいて、さらにもう1度。計6回3年間の断食修行を行うと、行うたびに元気になっていくのが感じとれた。気がつけば、微熱がなくなっただけでなく、考え方にも驚くような変化が表れ始めたという。
「“言霊(ことだま)”っていうものの存在に気がついたんです。言葉には力があって、よい言葉を言えばよいようになるし、悪い言葉を言えば悪いようになる。同じようにいいことを願えばいいことが起こるし、悪いことを願えば悪いことが起こるんだとわかったんです」
断食道場の先生に教えられた言霊の力。入門当初は信じるどころか、あきれ果ててさえいたという。
ところが断食を続けていくと、重ねるごとによい言葉に自身の身体が反応、細胞が喜んでいるのが感じとれた。
「人にはねたみとか百八つの煩悩があるといわれています。そうした悪い発想を持っていると、細胞が悪い方向にいって病にかかるんだと。そうはっきりとわかったんです」
原因不明の微熱は、慢心し、周囲への感謝を忘れた自分自身が作り出したものだったのだ。
“感謝と初心を忘れずに、常に鍛錬、そして情熱──”
以来、これが木下さんの座右の銘となる。
3年間の闘病を経て現場復帰。とはいえ痛めた身体では空中ブランコへの復帰は難しい。今度は営業職を選んだ。
生まれ変わったように元気に仕事に励む木下さんに、3代目社長を務めていた兄・光宣さんも、父・光三さんも目を細めて喜んでくれていた。
暗いトンネルを抜け、ようやっと光が差し込み始めたと思えたそんな平成2(1990)年2月26日、木下さんは思いがけない知らせを聞く。