主人公は、根っからの山好きの田名部淳子。「女のくせに登山なんて」と見下されることがあっても山に登り続け、ついには女性だけの登山隊でヒマラヤを目指す。苦難の末、世界最高峰の山、8848メートルのエベレストの頂上に立ったとき、淳子は何を思い、何を考えたのか──。 

 唯川恵さんの最新作『淳子のてっぺん』は、女性として世界で初めてエベレスト登攀(とうはん)に成功した登山家・田部井淳子さんをモデルに書き上げた長編小説。本作の執筆のきっかけは、2003年の軽井沢への移住にまでさかのぼる。

「愛犬をよりよい環境で飼いたいという思いから、軽井沢に移住をしたんです。移住後、山が好きな夫に誘われて浅間山に登ったことがあったのですが、あまりにもつらくて途中で挫折してしまいました。もう2度と山登りなんてするもんかと思っていたのですが、愛犬の死をきっかけに再び登るようになったんです。田部井さんとは、軽井沢で出会った人からのつながりで知り合いました」

 そのころの唯川さんは、「女性の人生を追ってみたい」という思いが強くなっていたという。

「歴史上の人物でモデルになりそうな人を探してみたのですが、なかなかピンとくる人がいなかったんです。そんなときに田部井さんと知り合って、どんどん魅せられていき、思い切って小説に書かせてほしいとお頼みしたんです。断られることを覚悟していたのですが、田部井さんは、“私も小説として楽しみますから、好きに書いてください”とおっしゃってくださいました」

 これまで数多くの作品を上梓している唯川さんだが、意外にも実在の人物をモデルにするのは本作が初めてだった。

「自分が想像した登場人物ではなく、実在の人を小説に書くのは怖かったです。例えば、恋愛に関するデリケートな部分とか、登山隊の女性同士のもめ事とか、“これを書いていいのだろうか”と迷うこともありました。でも、迷ったときにはできるだけ書こうと思いました。よいことばかりの物語になってもしかたありませんし、書きにくいことを書いてこそ小説だと思ったんです」