'14年、元タクシー運転手(当時72)が、同じ病院に入院していた女性(当時82)の首を絞め、殺害した事件。

 裁判官は、男性のFTDを認め、攻撃的な性格が先鋭化され、衝動的な行動を抑えることが非常に困難だったと判断し、懲役3年、執行猶予5年の判決を下したが、

「誰も気づかずに、有罪にされたケースもあるはずです」

 と、林弁護士は司法の見逃しについて説明する。

65歳以上の受刑者で認知症は約1100人

「万引きのような軽微な犯罪は、大量に案件があり、検察官はひとつの事件に深く関わっていく余裕がない。そのため量刑相場の中で、事務的に進めていく。この構造が変わらなければ、認知症が原因で犯罪行為をしても見逃されてしまう。病気の人に矯正教育をしても無意味です。司法も変わっていく必要がある」

 と、厳しい注文をつける。

 '15年、法務省が実施した調査によれば、65歳以上の受刑者で認知症の傾向が認められたのは全国に約1100人と推計される。収監後に認知症になったのか、犯罪時から認知症を患っていたのかは不明だが、刑務所内にも高齢化が進む日本で、今後この数は増加の一途をたどると見られる。

 医療現場でも「初期の段階では異常がまったくなく、判別がつかないこともある」(林弁護士)というFTD。他の認知症でも、犯罪に結びつくケースも出ている。

 '16年2月、当時70歳の夫が68歳の妻に暴行し、その後、妻が死亡する事件で、夫は、5年前からアルツハイマー症の進行を遅らせる薬を服用していたという。抗認知症薬を服用した結果、副作用として暴行や暴言など攻撃性が高まることがある。

 前出・朝田特任教授は、

「確かに事件を起こすのはFTDの人だけではない。結局のところ、脳の機能が全体的に落ち、律する心が弱くなり犯罪に至ってしまったということだと考えられます。だが、薬が原因で殺人につながるというのは別問題。薬が原因だというのは、違和感がある。

 今後、増加していく認知症について、家族だけでなく、社会全体で見守る仕組みづくりをすることが大切です」

 と社会的な解決を促す。

 前出・林弁護士は、

「高速道路の逆走やブレーキの踏み間違えなどが社会問題となっていますが、私のところに来るクライアントでは、FTDの方は事故歴が非常に多い傾向がある。ご自身でもご家族でも、おかしいなと思ったら専門医で検査してほしいですね。何も異常がなければ安心ですから」

 老老介護や老後破産など新たな社会問題に直面する超高齢化社会ニッポン。脳の疾患が犯罪を誘発する時代が本格的に到来すると社会はさらに頭を抱えることになる。