◇ ◇ ◇
13年の間に脇谷さんが書いた葉書はなんと5000枚にのぼる。母はそのすべてを大切に保存してくれていた。『希望のスイッチは、くすっ』にまとめて’11年に出版すると、評判になった。
その本を原作として作られたのが映画『キセキの葉書』(ジャッキー・ウー監督)だ。フィクションではあるが、内容はほぼ事実に基づいている。今年の夏に関西で先行上映され、11月4日から東京など全国で上映が始まった。
脇谷さんの役を演じたのは、タレントの鈴木紗理奈さん(40)だ。配役を聞いて驚いたと脇谷さんは話す。
「バラエティーに出ている印象が強かったから、全然ちゃうやんと(笑)。でも、私が介護しているところを家まで見に来て、こうやって身体をひっくり返すとか、すべて体得していかれたので、素晴らしい女優さんやなと。完成披露上映会には、かのこを連れて行ったんです。
懸命に演じる紗理奈ちゃんを見ていたら、不思議なことに頑張れ~と応援してしまうのよ。自分のことなのにね(笑)」
紗理奈さんにとって、『キセキの葉書』は初の主演映画だ。オファーが来たとき、こんなに重い役を自分ができるのか、不安だったという。
「それが台本を読んだら、どのセリフも涙をこらえないとダメなくらい、すっごい共感できたんです。脇谷さんの考え方もまさにそのとおりやと思えたし。“全部が学びや”とか、“闇のなかには光と影があってどちらを感じるかは本人次第”とか。私自身、息子が生まれてからそういう感覚がすごくあったので、撮影はめっちゃ楽しかったです」
紗理奈さんが演じる主人公は苦労するそぶりを見せず、日々を懸命に生きている。それだけに、疲れて本音をポロリと吐露するシーンが、より強く印象に残った。
演技のヒントになったのは脇谷さんとの会話。「気がついたら5000枚書いていたの」と楽しそうに話す脇谷さんを見て、大変さを前面に出すのはやめようと決めたそうだ。
「だって、脇谷さんほどの苦労じゃなくても、私も含めて、それぞれ、人生、何かしら抱えているじゃないですか。普段は心のなかの見えないところにしまって、みんな元気に生きているんだろうなと思ったんです」
この演技が高く評価され、紗理奈さんはマドリード国際映画祭で最優秀外国映画主演女優賞を獲得した。
映画は脇谷さんが暮らす武庫川団地で昨年9月に撮影された。家のなかのシーンは、脇谷さんの自宅の3軒隣の空き部屋が使われた。
協力してくれた地元の人たちに見てほしい。そんな脇谷さんの願いを叶えてくれたのは、脇谷さんが’05年からパーソナリティーを務める地元のコミュニティー放送局のさくらFMだ。
今年7月にさくらFMが主催して上映会を開くと大盛況だった。脇谷さんの番組『風のような手紙』を担当する入江吉則さん(37)は、そのときの様子を教えてくれた。
「ビックリしたのは、4回上映したすべての回で、映画が終わっても誰も席を立たないんです。場内が明るくなったら、ワアーッと自然と拍手が起こる。そんな映画、なかなかないですよね」
上映会には脇谷さんの知り合いだけでなく、リスナーもたくさん来てくれた。
実は脇谷さん、両親を西宮市に迎えてすぐ、さらなる試練に見舞われていた。90歳の父が認知症を発症。81歳の母は脳梗塞で倒れ、かのこさんの世話と「トリプル介護」の生活が始まったのだ。
どんな苦難にもめげず、自分の失敗も包み隠さず話す。そんな脇谷さんの“ぶっちゃけトーク”に共感し、励まされたという人は多い。今はインターネットを通じてどこでも聴けるので、遠く離れたリスナーからも反響がある。