賃貸マンションの契約日前夜、契約できないと連絡が
若いころ、わたしは賃貸マンションを転々としてきたが、「身元保証人」がひとりの人の前に立ちはだかるこの問題に気づけなかったのは、父親が生きていたからだ。
20代から自立していたつもりなのに、社会的には「家族」のひも付き扱いだったことになる。なんか、腑に落ちない。
そして、65歳のときに、わたしはついに、ひとり身の不自由さを体験することになる。ある日、事情があり一時的に8万円のワンルームマンションを借りることになった。スイスイと行くと思いきや、契約日の前日夜になり、契約できないという連絡が入った。作家という不安定な職業だからか? 持ち家もあり、固定収入もあるのに。急になぜ? 納得いかずに、不動産屋さんに聞いてみたところ、大家さんはわたしの年齢で断ってきたというのだ。30代のサラリーマンなら一発合格だという。
「高齢ひとり身の人は死ねというのか!!」と心の中で叫んだ。政治家になって、改革しないといけないと出馬しようと思ったほど、私の怒りは沸騰した。
年をとったら火を出すと危ない、死なれたら困るなどの理由から、賃貸マンション・アパートは借りられないというのは聞いていたが、まさか自分がその目に遭うとは……。
人は誰でも年をとる。年をとればとるほど限りなくひとりになる。2035年、東京では65歳以上の高齢世帯の4割がひとり暮らしになると予測されているのに、身内の「身元保証人」をたてないと、家も貸してもらえないのは問題ではないだろうか。
60代、ひとり身、年金生活の壁
60代・独身の元大学教授の男性を取材したときのことを話そう。彼は、退職と同時に長年住んでいたアパートを引き払い、新しいところに引っ越す予定でいた。独身なので家を買う発想はなかったという。ルンルン気分で不動産屋を回ったところ、そこで突き当たったのが、60代、ひとり身、年金生活の壁だった。独身? 60代? と聞いただけで不動産屋は引いたという。
困った彼は、悪いこととは知りつつ、まだ捨てずに持っていた大学教授の名刺を差し出し、不動産屋を回った。
彼は言った。
「笑っちゃいますよね。大学教授と知るやいなや相手の態度が一変。身元保証人も兄で通りましたよ。兄はわたしよりヨボヨボで施設にいるのにですよ。形式ばかりの日本ですね」
そして、彼は寂しそうな顔をした。
「今の借家から、もう引っ越すことはできないでしょう。もし、立ち退きを迫られることがあったら……そのときは船に乗ってドボンと……死のうと決めています」
本気が伝わり、ドキッとした。
彼を取材してから、かれこれ20年ほどたつ。あの時はわたしもまだ若く、同調することはできなかったが、彼の年を越した今は、彼の気持ちがよくわかる。
名前も忘れたが、いい感じの方だった。生きているのかなあ。本当にドボンしてしまったのかなあ。一緒にお酒が飲みたかった。しかし、残念ながら、あのときから、この悪しき慣習はまったく変わっていない。