自宅を突撃してみると
住所だけを頼りにタクシーに乗り、家の前に到着。想像より立派な2階建ての家だ。瓦や柱がしっかりしている。「ここだわ」と同行したスタッフに小声で話すわたしは名探偵コナン。
大きな声で名前を呼ぶが応答なし。玄関のドアはカギがかかっている。窓には、人を拒むようにカーテンが重くたれさがっている。誰かいそうにない。でも、せっかく来たのだからと隣の人に聞いてみると「ばあさんはいるよ」と言うではないか。
幸子さんの家に戻り、今度はありとあらゆるサッシに手をかけてみると、開いた。
「キャー開いた! こわい! 開いたわよ!」
自分がどろぼうかと思ったが、東京から飛行機でわざわざ来たので手ぶらで帰るわけにはいかず、上がることにした。
「こんにちは~誰かいますか~」
シーン。中は真っ暗。人の気配がない。台所の前に障子の部屋がある。よく見ると、ぼんやりと光が見えるではないか。ばあさんはいるのか? それとも死んでいるのか?
勇気を振り絞ってスタッフが障子を開けると、そこには、ちゃぶ台の脇にへたりこんだ白髪のばあさんがいた。やせている。手や身体が小刻みに震えている。まんが日本昔ばなしの世界に入り込んだ錯覚に陥る。耳も遠いようだが、辛抱強く声掛けをしているうちに、わたしのことも思い出したようで「わざわざ東京から来たの? すみません」 と繰り返す。そのうち、しだいに顔に生気がもどるのを感じた。
驚いたのは、幸子さんは世間の人と接することなく、この部屋から一歩も出ずに、数年間暮らしていたという事実だ。「さみしくない?」と聞くと、友達も知り合いもいないが平気だと言う。きっと、長い間、そういう暮らしをし続けてきたから平気に違いないとわたしは解釈した。
料理はしない。食べ物は誰かが持ってきてくれているらしい。誰かとたずねてもはっきりしない。認知症も少し入っているようだ。支払いは? と聞くと、お財布も通帳も見たことがないけど誰かがやってくれているのね、わたしってのんきなの、で終わり。ちゃぶ台には食べかけのミカンとお寿司がある。お菓子もある。
最近、ひとり暮らしの高齢者の遺産を狙う終活関係者やなんとか書士が多いと聞く。頼る人のいないひとり身高齢者が警戒すべきは、実は「オレオレ詐欺」だけではないのだ。
幸子さんの通帳もおそらく、そういう人が管理しているにちがいない。だいたい推理はついたが、追跡しないことにした。なぜならわたしはコナンではないからだ。しかし、同じひとり身ということで、複雑な気持ちになり、いつもはパクパクいただく夕飯がすすまなかった。