アーラから全国へ、最後の挑戦
衛さんの挑戦は終わらない。
「ここなら第2のアーラができるかもしれない」
そう言っていま注目するのは、香川県丸亀市だ。新しい市民会館を作るのに際し、アーラをモデルにしたいという丸亀市と市議会の熱意を知った衛さんは、力を貸すことを決意。可児の外にまで目を向け始めたのだ。
「こいつら本気やなって思ってくれたみたいで。自ら“1万人の丸亀市民に会うんだ”と公言されたんです。丸亀市民の生の声を聞いて、単なるハコモノではない劇場ができるということをちゃんと市民に伝えたい、とおっしゃってくれて。そこまでやっていただけるとは思っていませんでした」
と、丸亀市の市民会館建設準備室長・村尾剛志さん(49)。その宣言どおり、市民と対話するため、衛さんは今年5月から毎月丸亀に通っているという。
そしてこの丸亀市のプロジェクトについて、衛さん自身“最後の仕事”だと述べる。
「可児だけではなく、日本全国にアーラのような劇場が10個あれば、すべての人間にとってもっと暮らしやすい世の中になると思うんですよ。自分自身はやれてあと5年だと思うけど、日本全体の市民劇場のあり方を変える、その頭出しはしたいと思っています」
その思いはすでに現実のものとなりつつある。近年では冒頭のワークショップを含む『まち元気プロジェクト』が評価され、芸術選奨文科大臣賞を受賞。さらに全国トップ16施設に選ばれるなど、’90年代には理解されなかった衛さんの唱える劇場理論が、20年以上たったいま、ようやく全国に広まりつつあるのだ。
それにしてもなぜ、これほどまで“すべての人間”にこだわるのだろうか。
インタビュー中ふと、こんな言葉を口にした。
「お袋のDNAじゃないかなって気がするんですよ。お袋は一家心中のニュースを聞くと、“あるところにはあるんだから助けてあげればいいのに”っていうのが口癖だった。弱い立場の人を前にしたときに、ほっとけないんですよ」
「アーラこそ自分の居場所です。骨を埋(うず)める覚悟ですよ」と語る衛さん。鋭くも温かい眼光が照らす先に日本の劇場の新たなる形、その萌芽が確実に芽生え始めている─。
取材・文/岸沙織(きし・さおり)
大阪府生まれ。東京大学大学院総合文化研究科(超域文化科学専攻)修了。第六回「墨」評論賞準大賞受賞。ウェブを中心にさまざまな媒体で執筆中。
撮影/ 新納翔(にいろ・しょう)
写真家。消えゆく都市風景をテーマに活動。国内外での個展多数。写真集に『Another Side』『築地0景』『PEELING CITY』などがある。