テレビを見ていて「ん? 今、なんかモヤモヤした……」と思うことはないだろうか。“ながら見”してたら流せてしまうが、ふと、その部分だけを引っ張り出してみると、女に対してものすごく無神経な言動だったり、「これはいかがなものか!」と思うことだったり。あるいは「気にするべきはそこじゃないよね〜」とツッコミを入れたくなるような案件も。これを、Jアラートならぬ「オンナアラート」と呼ぶことにする。(コラムニスト・吉田潮)

ドラマ『後妻業』に出演中の木村佳乃と木村多江

 

オンナアラート #25 ドラマ『後妻業』

 決して美人ではないが、愛嬌と可愛げとホスピタリティのある中年女性が、資産家で孤独なじいさんと婚姻関係を結ぶ。甲斐甲斐しく世話をしつつ、男のプライドをくすぐる、さもありなんの構図だ。

 そして、じいさんが早く死ぬよう、ひそかに画策し、亡くなったあかつきには、遺産まるごとごっそりいただく。実際にこの手の事件が起こり、容疑者の素性がさらされるたびに、世間では“後妻業の女”のイメージが何となく固まっていった。

 映画『後妻業の女』で大竹しのぶが見せたのも、このイメージだった。しおらしく貞淑な部分も、奔放で小悪魔的な部分も持ち合わせた、とんでもないモンスター。ふてぶてしさも、禍々しい腹黒さも変幻自在。しのぶだからこその迫力と年輪のなせる業には唸った。

 で、問題はテレビドラマ版ですよ。

『後妻業』(フジテレビ系・毎週火曜夜9時)では、木村佳乃が主役を演じている。う、美しすぎやしませんか? 高嶺の花感、強すぎやしませんか? 華やかで派手で、女の鬱屈がなさすぎやしませんか? 後妻業以外の職業でも充分しのげませんか? 

 今までの“後妻業の女”のイメージがガラガラと崩れて、オンナアラートを鳴らすに至りまして。

 そして、佳乃の相棒が、これまた色気フルチャージで、あまり憂いがなさそうな高橋克典(映画では堕落と裏稼業が似合いすぎる豊川悦司だった)。佳乃にしろ、克典にしろ、屈折感がどうにも足りないような気がしている。

 私は関西人ではないので、言葉の機微などはあまりよくわからないが、「過剰テイストな関西人」もいかがなものか。わかりやすいっちゃわかりやすいけれど、「関西独自の土着感」というか「生々しさ」に欠けるような。

 映画と比べてはあまりに不憫(ふびん)だが、さらっときれいな絵ヅラにまとめすぎると、後妻業という生業(なりわい)の毒々しさが心なしかポップになってしまう。

 こういうことを書くと、「ブスの僻み」として片付けられがちだが、人間の業の深さという本質を描くのに、時として美しさは邪魔になるということは口を酸っぱくして書き散らしたい。海外のドラマではそこを最も重視して骨太な作品をたくさん作っているのに、日本のドラマでは相変わらず、だよね。