いまこそ少女まんがの世界に戻る時期
では、なぜ少女まんがにこれだけ多くの吸血鬼が出てくるのだろうか?
「ひとつは少女にホラー好きが多いからですね。それと、『ポーの一族』のように、ヨーロッパのきらびやかな世界を舞台にしていることです。少女にとっては憧れの世界です。また、吸血鬼が血を吸うのも重要な要素です。
もともと少女まんがには血縁をめぐる物語が多いのですが、吸血鬼は血を吸うことで誰とでもつながることができるというファンタジーなんです。これまでの固定化した血筋とは異なる、新しい家族のありかたを見せてくれたんです」
中野さんが解説してくれた。とはいえ、本書は評論ではなく、まんがファンとしての立場で書かれている。
「何人かでチームを組んで調べればもっと早くできたかもしれませんが、私はふたりだけでやりたかったんです。完璧じゃないかもしれないけど、ふたりでやったという熱意のかたまりを本にしたかったんです」
こう力説する中野さんに対し大井さんは、
「私は絶対ムリだと言ったんですけどね……(笑)。でも、そのおかげでいい作品にたくさん出会うことができました。最近の少女まんがにこんなに多くの吸血鬼ものがあることを知ったのも収穫でした。水城せとな『黒薔薇アリス』はとても面白いですよ!」
ふたりが22年も少女まんが館を続けてきたのは、まんがを寄贈してくれる人たちの思いを受け継いだから。
「とにかく、やりたくないことは無理にやらないというのが、続いた理由ですね。いまでは三重県多気町と佐賀県唐津市に少女まんが館の姉妹館があるんです」
と、大井さん。さらに、
「少女まんがが好きでも、ある時期にパタッと卒業してしまう人は多いです。子育てをしたりすると、そんな時間もありませんし。でも、何年、何十年たってもいいから、少女まんがの世界に戻ってきてほしいです。
イメージが変わるかもしれないから、昔好きだった作品を読み直すのが怖いという人もいるかもしれませんが、読んでみたら絶対面白いはずです。少女のころの感覚を取り戻せます」
ふたりは少女まんがの素晴らしさをこう強調する。
しかも今年は、『ポーの一族』の最新作が発表される予定で、萩尾望都の展覧会もあるという。また、イギリスの大英博物館が日本のまんが展を開催し、そこに『ポーの一族』も展示されるとか。ふたりが口をそろえて言うとおり、いまが「少女まんがの世界に戻るのにいちばんいい時期」なのかもしれない。
ライターは見た!著者の素顔
中野さんは『闇を歩く』『月で遊ぶ』などの著書を持ち、夜の山や街を歩く「闇歩きガイド」としても活動。また、地獄の老婆鬼・奪衣婆についての『庶民に愛された地獄信仰の謎』を書くなど多彩な顔をお持ちです。
「リアルなものの傍らにファンタジーなものがあるという意味で、少女まんがも含めて、私のなかでは全部つながっているんです」と話します。大井さんもいろんなことを追求されているようで、ふたりはお似合いで最強のコンビなのです。
■なかの・じゅん 1961年、東京都生まれ。『パルコ』を経てフリーに。'97年に大井夏代らと『少女まんが館』を創立。著書に『「闇学」入門』『闇と暮らす。』など
■おおい・なつよ 1961年、神奈川県生まれ。パルコ『アクロス』編集室を経て、フリーに。著書に『あこがれの、少女まんが家に会いにいく。』など
(取材・文/南陀楼綾繁)