1年後、救助した男性の息子から電話があった。
「父は“犬に助けてもらった命だから大事にしたい”。認知症が進んだ今でも、そう言っているんですよ」
それを聞いた松尾さんは、涙が止まらなかった─。
感謝状は10枚以上
実は、捜索した当時、グレースはがんに侵され、痛みもかなりあった。電話がかかってきたとき、松尾さんは依頼を断ろうと思っていた。
「そうしたら、まあ、偶然だったのかもしれませんが、グレースが薬の入った袋を持ってきて、私の足元に置いて伏せをしたんですよ。私は涙が出てきましたね。その薬を飲んだら痛みがおさまるって、わかってたのかな……。それで結局、出動して、おじいさんを見つけたんです。
動物との別れは何度も経験しましたが、グレースとは一心同体でしたから、あの子が死んだときは自分の腕をもぎ取られたような気持ちで、本当につらかったです」
長い間、ともに捜索に携わった男性は、松尾さんのことを「男よりも男らしい女性ですよ」と話す。
「お年寄りがいなくなったときなど、早く見つけてあげないと命にかかわりますから、雨が降っていようが夜中だろうが捜索に出る。警察や消防は道沿いしか探せないけど、松尾さんは“私たちは犬が連れて帰ってくれるから大丈夫です”と言って弟子と深い山にも入っていきます。何が何でも見つけるんだという気持ちが人並みはずれて強い。訓練中に肩の関節を何回もはずしたと聞きましたが、鬼気迫るものがありましたね」
マンションのそばで転落遺体が発見されたときも、グレースが活躍した。その人の匂いをたどり、自分の足で屋上まで歩いて行ったと判明。検視の結果とあわせて、誰かに落とされた他殺ではなく、投身自殺だったとわかった。
こうした警察からの要請は多いと月に3、4回はあった。謝礼は1時間約3000円(長崎県の場合)ほど出るが、それだけでは生活できないため、指導手は定年退職した60歳以上の人が務めるケースが多い。
松尾さんは家庭犬の出張訓練などで生計を立てつつ、24時間待機した。2009年には長崎県で捜索出動回数1位に。県内各地の警察署などから授与された感謝状は10枚以上にのぼる。
「本当にこんなにもらっていいのかと思うくらい表彰していただいて。うれしくはありますが、賞状は別にいらないと思っていました」
意外な言葉に理由を聞くと、こともなげに言う。
「人を助けるのは当たり前のことなので」
それでも、わが身を危険にさらしてまで続けたのはなぜか。重ねて問うと、こんな答えが返ってきた。
「みんなに“大変だね”と言われましたが、全然大変だと思っていなかったんです。むしろ、私が人を助けに行けるのはありがたいって、感謝の気持ちでいっぱいでした。
私自身、たくさんの人に助けてもらった命なので、誰かのために何かをしたいという使命感が、幼いころからずっとあったんです」