だが、いくらピンク映画で人気を得ても一般的には認められないということを痛感させられる出来事があった。'96年、東京国際女性映画祭の記者会見で、「日本でもっとも多く作品を撮った女性監督は、田中絹代監督の6本」という発表を聞き、浜野は愕然とした。自分が今まで撮ってきた300本は何だったのか。このままでは自分の存在はなかったことになる。

「ならば一般映画を撮って自分の存在を日本映画界に認めさせるしかない」

 浜野は50歳直前に奮起した。題材は、昭和初期に活躍したあと、ぷっつりと消息が途絶えた作家・尾崎翠だ。脚本はもちろん山崎さん、そしてピンク映画で気心の知れたスタッフとともに、2年かけて『第七官界彷徨―尾崎翠を探して』を自主製作した。

作品・スタッフ・役者への愛

 その後、高齢女性の性愛を描いた『百合祭』、尾崎翠の小説を原作とした『こほろぎ嬢』、湯浅芳子と中條(宮本)百合子の女同士の恋愛を描いた『百合子、ダスヴィダーニヤ』と、13年間で4本の一般映画を撮った。そして今回の『雪子さんの足音』が5作目となる。

『百合子、ダスヴィダーニヤ』の湯浅芳子役で浜野と知り合い、今回も小野田さんという不気味ながら興味深い女性を好演している女優・菜葉菜さんは深い信頼を浜野に寄せている。

『百合祭』を海外で初上映したイタリア・トリノにて
『百合祭』を海外で初上映したイタリア・トリノにて
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「私はもともと気が強いタイプなのに、この世界に入ってから周りの目を妙に気にするようになってしまった。でも監督は絶対にぶれない人。私が私でいいと思わせてくれる。ウソのない愛情を感じます」

 浜野が助監督を叱り飛ばすのを目の当たりにして驚いたこともある。

「チーフ助監督が山でのロケから逃亡したこともありました(笑)。でも、監督には監督の計算があって怒っているんだとわかるんです。作品に対しても、スタッフにも役者にも愛がある」

 浜野の愛情深さは誰もが感じるところだ。5作すべての音楽を担当した吉岡しげ美さんは、プライベートでも浜野と懇意である。

「年齢も近いし、お互いに男社会の中でひとりで闘ってきた意識が強かったから、すぐに意気投合しました。プライベートで会うのは年に数回だけど、ふたりで飲みまくって食べまくってしゃべりまくって……」

 浜野が横で「この人、本当によく食べるの」と茶化す。「入院しているときだって、病室にクッキーの袋がいっぱい散らかってたよね」とさらに追い打ち。だが浜野が席をはずすと、吉岡さんはしみじみと言った。

「10数年前、私が乳がんになったんですよ。そのとき浜野さんは、本気で心配して毎日毎日、電話をしてくる。あげく、治療法までああだこうだと言ってくるから、いいかげん、うるさい、って私が叫んじゃって(笑)。手術後、おそるおそる見舞いに来たときの彼女の顔を今も覚えています。情に厚くて、実は心配性で……。公私ともに信頼できる友人です」

 言いたいことを言い合えて、それでも決して信頼は揺るがない。あとからすべてを笑い飛ばせる関係を、浜野は数多く築いている。