さくらさんが服役している和歌山刑務所をはじめ、全国にある女子刑務所では、受刑者の大半を窃盗犯が占める
さくらさんが服役している和歌山刑務所をはじめ、全国にある女子刑務所では、受刑者の大半を窃盗犯が占める
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刑罰を科せば解決する問題ではない

 そんな常習犯の中に、30代半ばから万引きを繰り返し、刑務所を出たり入ったりした期間が22年にわたる57歳の女性がいる。

 その女性、さくらさん(仮名)の法的支援を行っているリバティ総合法律事務所(大阪市)の西谷裕子弁護士によると、さくらさんは、出所しても数か月以内に再犯してしまうのだという。これまでに服役した回数は7回、服役期間は合計18年。現在は8回目の服役中だ。

 この間にさくらさんの父親は自殺してしまい、母親は現在、関西で生活保護を受けながら細々と暮らしている。このため身内に頼ることもできず、適切な治療を受けられないまま、再犯と服役を繰り返す悪循環に陥っている。

 しかも10年間のうちに懲役刑が4回以上になると、罪名が窃盗罪から常習累犯窃盗罪に変わり、法定刑の最下限は3年になる。この規定を踏まえ、西谷弁護士は問題点を指摘した。

「常習累犯は窃盗団のような悪質な犯罪を想定していますが、実際に適用されるのは精神疾患を抱えた人たち。再犯を繰り返したからといって、厳罰を科せば解決する問題ではない。治療が必要なことは当然として、そもそも罪名自体を見直す必要があります

 治療プログラムを試みようとする刑務所も一部にはあるが、まだ確立したプログラムはなく、服役による回復は期待できない。それでも刑務所で対応せざるをえないのは、クレプトマニアを犯罪以前に病気と認め可能な限り社会で治療していこうという考え方が十分周知されていないためだ。

 さくらさんの状況をさらに複雑にさせるのは、社会復帰への支援が乏しいことだ。西谷弁護士が続ける。

「さくらさんは長年、社会から断絶された生活を送り、職務履歴書も真っ白なため、社会的な対応能力に不安があります。出所時に生活保護や医療につなぐなど、公的機関は彼女に出所後の道筋を示す必要があるでしょう。司法も含めてクレプトマニアの対策を実施しないと、ほかの常習犯もさくらさんと同じ轍を踏むことになりかねません」

 万引きは窃盗罪に当たり、店側に被害を及ぼす明らかな犯罪行為だ。しかし、ここまで再犯を繰り返す高齢者たちを単なる犯罪者として裁き続けるのが、適切な対応なのだろうか。

「常習累犯窃盗罪の法定刑は懲役3年以上。再犯を繰り返すと必然的に長期服役になります。その中には京子さんやさくらさんのような、重症のクレプトマニアが多く含まれている可能性があります」(竹村院長)

 服役すれば年間の経費は約300万円かかると言われる。同じ税金を投入するのであれば、生活保護を受給させ、適切な治療を受けられるようにするほうが得策ではないのか。

 いま1度、対応の見直しが求められている。

(取材・文/水谷竹秀)


《PROFILE》
水谷竹秀 ◎日本とアジアを拠点に活動するノンフィクションライター。1975年、三重県生まれ。カメラマン、新聞記者を経てフリー。開高健ノンフィクション賞を受賞した『日本を捨てた男たち』(集英社)ほか、著書多数


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