来院者に安心感を与える空間を

 真摯な姿勢と確かな仕事ぶりが高く評価され、2010年代は大型プロジェクトが続々と舞い込んだ。京都製作所や和歌山信愛中学校・高校、島根県の雲南市役所、甲南大学、浜寺病院、商業施設「なんばスカイオ」と目覚ましい実績を残したのだ。

「和歌山信愛中高は、先生と生徒が家族のような関係性になることを意識してピクトグラムを作りました。雲南市役所は桜の名所だからソメイヨシノや吉野桜のデザインを。甲南大学は原色をふんだんに使って学生たちの活力やエネルギーあふれる姿をイメージしましたし、浜寺病院は精神科病棟ということで、温かみのある雰囲気を出すために穏やかな色使いを意識しました。どれも思い入れのあるものばかりです」

 2019年に完成した神戸市・新長田合同庁舎も代表作のひとつ。ともに仕事をしたのは、びこう社で同じ釜の飯を食った野間口さんだ。

「シックな壁にパステル調の案内図をあしらうなど、かなり独創的で特殊なデザインをしていただきました。川西さんはお客さんの意向を酌んで反映できる。芸術家上がりだと自分の意見を押しつける人も多いと思いますけど、そういうところが全くないからやりやすいんでしょうね」

 独立から14年。川西さんにはお互いを尊重し合えるいいパートナーが何人もでき、人に寄り添うデザインを心がけてきた。

 5月7日に和歌山市内に移転開業する予定の医療法人博文会『児玉病院』のサインデザインも心を込めてした仕事のひとつ。3~6階の病棟にはモスグリーンやオレンジ、クリーム、ベージュという温かみのある色を使い、ミツバやキキョウなど季節の草花のイラストをたくさんあしらった。

信頼できるパートナーのひとり、株式会社アール・アイ・エー大阪支社の平林雅博さんに任された児玉病院内のサインデザインの前で
信頼できるパートナーのひとり、株式会社アール・アイ・エー大阪支社の平林雅博さんに任された児玉病院内のサインデザインの前で
【写真】川西さんがデザインした、おしゃれなサインデザイン

 その数はお蔵入りも含めて約100点。川西さんは図鑑や写真などで観察してイメージを膨らませ、筆ペンでひとつひとつ丁寧に描き、デジタル化という手間のかかる作業をして壁に設置。来院者に安心感を与えるような明るく爽やかな空間をつくった。

「最初は10点くらいという話だったんですけど、70、80、90と増えて各フロアにたくさんの草花が配置される形になりました。見たことない草花も多かったので、そろえるのに何か月もかかりました。

 病院に来られる方というのは不安や心配事を抱えている。働くお医者さんや看護師さんも張り詰めた緊張感に包まれる中、仕事をされています。そういう方々に少しでも穏やかな気持ちになってもらいたい一心で花をひとつひとつ描いたつもりです。施工の清水建設さんも緻密な仕事をしてくれる。みなさんの協力があって自分のデザインが形になる。ありがたく感じています

 サインデザイナーである川西さんが東京五輪のメダルを生み出すとは、周囲にいる人間は誰ひとり、想像していなかった。当の本人も軽い気持ちで応募したという。

 2019年4月25日の夜21時ごろ、オフィスに1本の電話がかかってきた。軽く晩酌していた川西さんは少しできあがった状態だったという。

「『今日審査があって最終3作品に選ばれました。明日、東京に来れますか?』と。まさに青天の霹靂でした」