「当時の著名人が使用していることによって、一般市民も安心感を覚え、連鎖的に広まっていったのだと思います。現代のように、自分たちで情報収集ができる時代ではなかったので、"あの人が使っているから私も欲しい”という心理が働きやすかったのではないでしょうか」
しかしやはり"毒は毒”─。身体に及ぼす影響は、次第に人たちの目にも明らかになってくる。
「例えば帽子店は帽子を作る際、水銀を使ってフェルトを加工するため、知らず知らずのうちに水銀中毒の症状が出始めていました。当時、水銀中毒は"帽子屋の震え”(Mad Hatter)と言われていたほどです。水銀を使用する職業の方に、中毒症状が表れ身体を壊していくことから、ようやく水銀に原因があると疑われるようになりました」
お尻の穴にタバコの煙をIN
トンデモ医療であると同時に、トンデモ勘違いがもたらした悲劇とも言えそうだが、嘘のような治療法は、まだまだ跋扈していた。そのひとつが、タバコを使った医療ならぬ珍療。
「タバコは殺菌作用に加え身体を温める効果があるということで、溺れた人間の肛門にタバコの煙を入れて目覚めさせようとしたという話があります。また、ペストが流行した際は、ウイルスの感染力を抑えるだろうということで、学校の子どもたちにタバコを配って、教室で吸わせていたことも。そのほかにも喘息の患者にタバコを吸わせるなど、今では考えられない真逆のことをしている(苦笑)」
まるで嫌がらせのような治療だが、薬はたくさんあるものの、その薬がどこに作用するのか見つけることが非常に難しい時代だからこその弊害なのだ。実際、ペニシリンが発見されるまでは、毒殺で使用されるイメージがあるヒ素化合物が梅毒の治療薬に使用されていたし、中国医学では解毒剤や抗炎症剤として、しばしば製剤に配合された。まさに薬と毒は表裏一体─。
「患者さんごとに身体状況や遺伝子は違います。同じ薬を投与しても、人によって効能・効果が変わるのは、今も変わりません。一概に"この薬はこういう効果がある”と訴えづらいんですね。正式なものほど非常に慎重になるので、"これが効く”というような謳い文句ほど疑ってほしい。すぐに効く薬はありません」
また、「医学で解明されていないので、宗教的、神秘的なものに価値を見いだす傾向も強い」と岩永さんは分析する。その最たる例が胃石だ。