母は、当初、予定していた施設でのデイサービスやショートステイなどのサービスは受けられなかったが、その後、医療法人が母体の施設で週2回デイサービスを利用できることになった。ここでは家族が東京から来ていても受け入れてくれた。
同施設の所長は「行政に対応を問い合わせても明確な返事はありません。医療法人なので病院と介護事業所で話し合い、対応を決めますが、意見が分かれる場合は介護事業所で決めます。ただ、今後は状況によっては、受け入れを中断せざるをえなくなるかもしれません」と語る。
同施設に、ひとり暮らしの高齢者で、平日のみデイサービスを利用し、週末の土日には、横浜と東京に在住している2人の息子が交替で介護にきていた人がいたという。緊急事態宣言が発令されたので2人の息子の訪問を中止にしてもらい、月曜日から土曜日まではデイサービスを利用し、日曜日はヘルパーが自宅に訪れ、1日3回、食事、入浴、排泄などの世話を行った。サービス内容は充実していたが、介護サービスの利用限度額を超えたため、自己負担した費用がかなりあったそうだ。金銭的に余裕があった利用者だったので可能だったという。
行政の明確な指針がなく、現場任せの現状
介護保険料は40歳から一生、払い続けるものだ。84歳になる母も年金生活で介護サービスを受ける身でありながら、介護保険料も支払っている。長期間払い続けている介護保険料だが、利用する側になったときには満足に使えない状況になっている──コロナという不測の事態が起こっているとはいえ、あまりに理不尽ではないだろうか。
また、行政の明確な指針がなく現場任せにしているとは、どれほどの重圧を介護現場のスタッフに与え、彼らの頑張りに頼っているのか。
母は、現在も相変わらず、デイサービス以外のショートステイやヘルパーなどのサービスが利用できない。会社勤めではなく、比較的時間が自由になるフリーランスの私が面倒を見るしかなく、東京の家族に我慢を強いて、実家で母の世話をする日々が続いている。
将来、コロナが収束しても、また予期せぬ事態が起これば同じ状況に陥り、弱者にしわ寄せがくるだろう。今後ますます高齢化が進む日本において、自分には関係ないでは済まされない。
宇山公子(うやま・きみこ)
フリーライター。OL、主婦、全国紙記者を経て、現在はフリーランスで活動。主に、健康、医療、食分野での執筆を行っている