8月、全国の自殺者数は1849人で、去年の同月より240人以上も増えているという。「もし希林さんが生きていたら……」そう口を開いたのは『不登校新聞』の編集長だ。亡くなる直前まで“子どもの自殺”に心を砕き、涙していた彼女が遺した救済の言葉とは──。

生き続けなきゃ、もったいない

「若い人が自ら死を選ぶことを憂いていると思います」

 そう話すのは'18年に死去した女優の樹木希林さん(享年75)を生前、取材した『不登校新聞』の石井志昂編集長

 希林さんは'16年、画家ミレーの作品「オフィーリア」に扮し、自身の“終活宣言”をテーマに『死ぬときぐらい好きにさせてよ』というコピーが入った企業広告が話題に。独自の死生観を持っていたことで知られる。

 石井さんは「推測ですが」と前置きをしたうえで、

希林さんは物を捨てないことで有名“物を最後まで、冥利が尽きるまで使う、お役目を全うさせないといけない”という考えでしたそれは人間の命も一緒だったのではないかと」(以下、同)

 '03年に網膜剥離、'05年に乳がんで右乳房全摘出。再発と転移を繰り返し、'13年に「全身がん」と表現するほどの病魔に襲われ、何度も死と向き合ってきた希林さん。

 それでも一貫して「生き続けなきゃ、もったいない」と語り続けていた。

「“がんを患ったことで成熟した”と話していました。死と対峙したことで女優としての演技が深まったこともあったようです。死にたい、苦しい、そんな思いも受け入れつつ“苦しいときほど人を成熟させる”と考えていたのではないでしょうか」

 だからこそ、彼女は“自分から絶つのは惜しい命はいつか輝く瞬間がある”という思いを持っていた