初めての事件現場で流した涙
2003年、32歳になった高江洲は、たったひとりでハウスクリーニングの仕事をやっていくことになった。月の売り上げは20万円ほど。その一方で、解散した会社でつくった借金返済が月140万円あった。
そんな高江洲を応援してくれる人がいた。葬儀関連の業界の社長だ。彼からある日、相談があると持ちかけられたのは、「ちょっと変わった現場の仕事」。それが、事故物件との出会いだった──。
よくわからず向かった現場で待ち受けていたのは、強烈なにおい。「死臭」である。部屋に住んでいたのは60代の男性で、死後2週間がたっていた。男性が倒れるときに頭を柱にぶつけたらしく、生々しい血痕と毛髪が残り、壁にも血痕が飛び散っていた。
消毒剤のスプレーを部屋の隅々まで吹きつけるわずか15分の作業だったが、今でもこの日の衝撃は忘れられない。
「もう嫌でした、人が死んだ部屋というのが。一刻も早く現場から逃れたい思いで、においの確認もせずにそそくさと部屋を後にしました。なんとも情けない仕事ぶりです」
だが、初めての事件現場の作業から1か月後、「消毒だけしてくれればいいから」と同じ社長からまた依頼がきた。
マンションの一室で、死後2か月たって遺体が発見された。服毒自殺の現場だった。
部屋に住んでいた男性は、IT関連の個人事業者。自殺の原因は離婚で、奥さんが家を出た直後に命を絶っていた。
長期間放置されたため、部屋の中はものすごいにおいだった。男性はパソコンに向かうひじ掛け椅子に座ったまま亡くなったらしく、体液や血液、糞尿までもが椅子のスポンジに染み込み、そこからあふれたものが流れ落ち床に大きな塊を作っていた。その塊からウジ虫がわき、部屋中をハエが飛び交っていた。
高江洲が、ひととおりの消毒作業を終え、この地獄のような場所から出て行こうとすると、立ち会っていた葬儀社の担当者が呼び止めた。
「そこの汚れ、拭いてよ」
「いや、私が引き受けたのは、消毒だけですから」
「何言ってんの? 掃除屋だろ? 仕事じゃないのかよ?」
頭に血が上ったが、言われてみれば、そのとおりだった。
「話が違う、と言い続けることもできた。でも、私はプロなんだ、自分で選んだ仕事を失うことはできない。特殊清掃のノウハウもないまま掃除に取りかかったんです」
掃除機で床に転がった無数の虫の死骸を片づけ、赤黒く固まった汚れを雑巾でこそげ落とすように拭いた。こみ上げる吐き気を我慢できず、思わずキッチンで嘔吐した。
(なんで俺はこんなことをしているのだろう……)
悔しくて涙があふれた。