頼みの綱だったストックオプション

 3つ目の「まさか」は夫の会社のミスです。勤務先の会社にはストックオプション(株式会社の従業員や取締役が、自社株をあらかじめ定められた価格で取得できる権利)の制度がありますが、千代子さんがそのことを知ったのは6年前。人事部へ電話確認をしたところ、これは社内の成績上位者に対して株式が現物支給されるRSUタイプ。夫はこれに該当するので、すでに自社株を持っているとの回答。しかし、当時はまだVest(売買できる状態)の期間に達していなかったのですが、これは千代子さんにとって好都合。もしVestになれば夫はすぐ売却して現金化してしまい、あっという間に水の泡と化すでしょう。

 そこで千代子さんは「Vestになったら教えてほしい」と頼み、人事担当は「わかりました」と快諾してくれたので安心しきっていたのですが……今年に入って千代子さんはたまたま夫の確定申告書を目にしたそう。そこには夫が株式を売却し、1000万円の利益を得たことが書かれていたのです。

 筆者は「ストックオプションの利益は源泉徴収の対象外なので確定申告をしなければならないんです」と教えましたが、すでに手遅れでした。このような事態を防ぐため、人事担当に頼んでおいたのですが、入れ替わりが激しい外資系企業。当時の担当者はすでに在籍しておらず、引継ぎもされていなかった模様。「なんで教えてくれなかったの?」と食い下がる千代子さんに対して、夫は「俺が稼いだ金だろ? お前のじゃないのに何様だ」と言い放ったのです。

 同じころ、緊急事態宣言明けの2021年3月にたまたま居酒屋を通りかかった千代子さんの女友達が、テラス席で大騒ぎする客のなかに夫の姿を見つけ、そのことを報告してくれました。夫の酒癖はコロナ禍でも相変わらずで、また借金を作り、返済をせず、膨れ上がった分を株式の利益で完済したのでしょう。頼みの綱だったストックオプションも失い、千代子さんは途方に暮れたのです。

離婚する場合のシミュレーション

 このように千代子さんは40年間、夫に振り回され続けたせいで退職金、預貯金(遺産除く)、有価証券……何も持たずに現在に至ったのですが、夫は長年のアルコール依存がたたり、慢性的に肝炎の症状に悩まされている現状。担当医からは肝硬変や肝臓がんを発症してもおかしくないと釘を刺されているのに夫は禁酒をせず。これらの重病にかかった場合、数年で命を落とす可能性があります。

 そこで筆者が千代子さんがこのまま離婚する場合と、離婚せずに死別する場合をシミュレーションをすることにしました。なお、夫婦がこの先、何年間、生きるか分からないと計算できないので、夫は3年後に亡くなり、千代子さんは80歳まで生きるという設定にしました。

 第一に死別の場合です。まず生活費ですが、千代子さんは夫から毎月30万円の生活費を受け取っていましたが、途中で減額されたり、停止されたりすることはなかったそう。減額したり、停止したりした分を借金の返済に回さなかったのは、千代子さんに「生活費も入れられない夫」と見下されるのがシャクに触るからという夫のプライドの高さゆえでしょう。

 夫は退職の翌月から企業年金を受給することができ、月額で約30万円。そして翌年(65歳)から厚生年金も受給することができ、月額で約20万円。このことを踏まえた上で筆者は「今後も変わらず、毎月30万円の生活費を入れ続けるのではないでしょうか?」と助言。千代子さんが3年間(夫が健在の間)受け取る生活費の合計は1080万円(月30万円×3年)に達します。

 次に年金ですが、筆者は「旦那さんが亡くなってから奥さんの年金を受給するまでの間(妻が62歳~65歳)は遺族年金を受給することができますよ」とアドバイス。夫の年収から計算すると遺族年金は毎月13万円(×3年間=468万円)でした。そして妻が65歳で自分の年金を受給し始めると、その分だけ遺族年金から差し引き、遺族年金(月7万円)+国民年金(月6万円)と切り替わります。この金額を80歳まで受け取る場合、あわせて2340万円(月13万円×15年)になります。

 また財産分与ですが、離婚と相続では異なります。離婚の場合、分与の対象は夫婦の共有財産だけですが、相続の場合、共有に限らず、夫名義のすべての財産です。千代子さん夫婦に子どもはいません。そして義父の相続の件を今だに根に持っているのは千代子さんだけでなく夫も同じ。夫は「あいつに俺の金は一銭もやらん!」と息巻いており、「すべての財産を妻に渡す」という遺言を書くことを約束してくれたそう。法律上、兄弟姉妹に遺留分は認められていません。

 そこで筆者は「旦那さん名義の財産は、残らず奥さんが相続できますよ」と伝えました。現時点で夫の財産は遺産の1000万円だけなので、夫が亡くなった時点で千代子さん名義に切り替わります。