おじいさん師匠の口癖「海は大切」

 葉山にはそれまで女性の漁師が1人もいなかった。前例のないことから、組合でも反対の声が上がったが、四郎さんは組合長や県の役人と掛け合った。

 2012年3月、水産庁の担い手育成金を利用して、晴れて弟子入りが認められる。26歳、晶さんは「見習い漁師」になった。

 初めて弟子をとる四郎さんの教え方は、少し変わっていたという。

「使い古しの網や道具を『これ、晶のな!』と渡されて、網の仕掛けや獲物の水揚げなどをさせてくれました。

 同じ場所に網をかけても、四郎さんはかかるけど、私の網にはかからない。潮を予測してかけても絡まってしまったり、船が流されたりする。悔しかったですね。でも失敗がいちばんの財産。なぜ失敗したのか、考え続ける毎日でした」

孫のように可愛がってくれた師匠の四郎さんと
孫のように可愛がってくれた師匠の四郎さんと
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 見習い漁師の間は、漁のお手伝いをするのがルール。普通は自分の網など持たせてもらえないという。しかし、四郎さんはルールなどおかまいなしでとにかく「やってみろ!」と実践をさせてくれた。おかげで見習い期間中にもかかわらず、晶さんの腕前は格段に進歩した。

 見習い漁師のうちは、基本的に収入がないため、アルバイトと掛け持ちしなくては生活ができない。夕方から中華料理店で夜遅くまで働き、早朝には浜へ出て、四郎さんが来るまでに船の準備をした。

 何より大変だったのは、四郎さんの船が「お神楽さん」、つまり電動ではなかったこと。人力で浜に引っ張りあげなければならず、弟子である晶さんが細腕一本で「お神楽さん」を1人で回す。この力仕事は並大抵ではない。

「四郎さんは利便性を追求しない人で、そういうところを尊敬していました。手作りが好きで、網を縫うアバリを流木で作ったり、船のエンジンが故障したときは、私と2人分の重みに耐えて櫓を漕ぎ、浜まで帰ってきたこともありました。そんな漁師は葉山にもなかなかいないんですよ」

「海は大事にしろよ」が四郎さんの口癖。環境問題にも気を配り、海岸のプラスチックゴミを拾うなどビーチクリーンの先駆けでもあった。

「『海は大切。獲るだけじゃない』と言って、小さい魚やエビは捕まえても逃がしていましたね。今はあまり生えていないはばのり、アオサ、岩のりなど海藻の名前にも詳しくて、たくさん教えてもらいました」

 気分屋で理不尽な怒られ方をしたこともあったが、機嫌のいい日は、

「AKBって知ってるか?あっかんべーのことだ」

 と言って笑わせるユーモアの持ち主でもあった。

 修業を始めて1年。晶さんは組合の漁師たちの審査を受けて準会員となり、2年後の2015年には正会員へ。30歳を迎え、ついに葉山初の女性漁師が誕生する。

 晶さんの修業を間近で見ていた前出の佐久間さんは、「おじいさんの師匠と若い女の子。見たことのない師弟だった」と目を細める。

「『今度こいつ、漁師になるんだよ』『モノになるかは、これからだけどな』と言って、四郎さんがうれしそうに話してくれたことをよく覚えています。晶ちゃんが一生懸命だったから、四郎さんもちゃんと教えてくれた。他人を教えるのは難しい。晶ちゃんの努力もあったと思う」

 夢に向かってまた一歩近づいた晶さん。

 しかし、その行く手には大きな壁が立ちはだかっていた。