一家を支えるママ漁師
2018年、晶さんは長男・花男くんを授かり、年上のバンドマンとの結婚を決めた。
「いつも漁師の仕事を手伝ってくれる女の子のライブを見に行って、紹介されたのが同じバンドでギターを弾いていた夫。14歳上と聞いて、最初はないなと思いました(苦笑)
でも、人間関係に悩んでいたころ、話を聞いてくれたうえで平等に判断してくれる。私が間違っていたら『晶が悪い』とはっきり言ってくれる。この人は私を裏切らないと思って、妊娠をきっかけに結婚に踏み切りました」
そんな晶さんのことを夫の寛之さんはどう見ていたのか。
「随分、男前でサバサバしてる娘だなぁと思いました。年下だけど年の差をあまり感じなかったですね」
東京・調布市に住み、清掃の仕事をしていた寛之さんは結婚後、仕事を辞めて葉山に引っ越してきた。ところが、なかなか新しい仕事が見つからなかったという。
「僕が漁師の仕事を手伝えば、倍稼げると思ってワカメ漁やヒジキ漁を手伝いましたが、夏場の素潜り漁は漁業権がないから何もできない。
そこで、自動販売機の設置・撤去を請け負う会社で働くことにしたんですが、仕事中に手の小指を潰すほどの怪我を負って働けなくなり、晶にはとても苦労をかけてしまいました」
出産直前の夫のアクシデント。生活面でも苦境に立たされた晶さんは、精神的に追い詰められ、沈み込んだ。
だが、花男くんの誕生でそんなモヤモヤした気分も吹き飛んだ。ただひとつ、今は叶わぬ姉への出産報告に思いを馳せることがあるとこぼす。
「花男が生まれて、気がついたら、霧が晴れるように前を向けていました。
でも、もし今、姉に花男を見せたら、喜んでくれるのかな……と考えることがあります。姉が自殺した当初は、どこかで幸せになっちゃいけないという気持ちがあったから」
漁師だから伝えられること
豊かな漁場を持つ葉山にはかつて三浦の清浄寺の下浜に市場もあったが、戦後まもなくして閉鎖。それ以来、葉山には魚市場がない。
「市場がないから、直接飲食店に卸すか、逗子や横須賀の市場に持っていくしかない。しかも葉山には魚屋もないから、葉山の住民は葉山の魚を買うこともできない。葉山でイセエビやアワビが獲れることを知らない人も多いんです。地元の人たちに地元で獲れた旬のものを味わってもらいたい。そんな思いで真名瀬の漁師を集めて、毎月第2土曜日に朝市をすることを思いつきました」
2013年12月、 朝市を始める際、漁師仲間の池田さんが警察署や保健所との交渉に当たってくれた。
「『何かあったら、私がやる』とタンカを切って晶が先頭に立って頑張っていた。気っ風がよくて度胸がいい。真名瀬の巴御前だな。晶は(笑)」
そのかいあって、真名瀬の朝市はたちまち大盛況。
朝市の実行委員を務めている葉山小学校教諭の吉田俊也さん(32)もその盛況ぶりに目を見張った。
「まず、葉山でこんなにたくさんの種類の魚が獲れることに驚いた。しかも、ただ売るだけでなく、晶ちゃんは魚の捌き方も丁寧に教えてくれる。冬にはナマコの調理法から、こだわりのお酢、ゆずをのせる美味しい食べ方まで実演して、試食させてもらいました。でも、何よりのごちそうは、朝市に携わる真名瀬の漁師さんやご家族との会話でした」
こうした人気ぶりから朝市を月2回にしようという声も上がったが、天候に左右される海の産物だけで朝市を続けるのは難しかった。そこで、晶さんは魚だけでなく、野菜やコーヒーなどいろんなものが楽しめるマルシェとして発展させた。
出産を終えた2019年6月、葉山マリーナのある鐙摺港に葉山町漁業協同組合直営の海産物直売場もオープン。その責任者に選ばれた。
さらに、晶さんは先を見据えて加工品の製造も始めた。
「7月からはタコやサザエのオイル漬け、ヒジキご飯の素、ワカメの味噌汁の具などを作って、ホームぺージで売っていきたい。葉山の海の幸をもっと知ってもらいたいんです。水産加工品が人気を呼べば、私たち漁師の生活も安定しますから」
晶さんには、葉山の海産物を使って新しいブランドを立ち上げたいという夢もある。
「御用邸の街として知られる葉山には、『葉山牛』以外に目玉になるブランド品がありません。そこで取り組んでいるのが、海で獲ってきたサザエに生け簀でキャベツを食べさせて出荷する『キャベツサザエ』の商品化。町とも協力して試食会なども行っています」
地球温暖化で餌となる海藻が減っているためにやせて味が落ち、1キロ500円という安価で取引されているサザエ。なんとかしたいという思いがある。
「キャベツを食べさせると、サザエのクセがなくなるんです。身もやわらかくなり、食べやすくなったという声もあって、今まで磯臭くて苦手だった女性や子どもたちには喜ばれるかもしれません」