避妊を頼む暇もなかった

 これはあくまで一例で、好江さんと夫との間には喧嘩が絶えませんでした。それでも好江さんが嫌な顔をせず、淡々と夫のパンツを洗い、酒のあてを作り、書斎を掃除し続けたのは「抱いてくれた」から。夫が身体を求めるのは自分に気持ちがある証だと好江さんは思っていましたし、結婚当初から最近まで絶えず性生活という愛情表現があったのです。筆者が「離婚を考えなかったんですか?」と質問すると、好江さんは「そのときは(考えなかった)」と答えます。そんな矢先に第3子を妊娠していることが発覚したのです。

「主人はとにかくお酒が好きで、365日のうち360日は飲む感じです!」と好江さんはため息をこぼしますが、2か月前の夜中1時。コロナ禍で外飲みできない夫は家族との食事が終わり、好江さんと子どもたちが就寝した後も家飲みを続け、ベロベロの状態に。そして夜中1時。寝室に入ると寝ぼけ眼の好江さんを押し倒し、服を脱がし、身体を触ると抱きしめてキスをしてきたのです。そしてもう我慢できないという感じで射精すると、そのまま果てたのですが、夫は上から乗ってきたので、避妊を頼む暇もなく、そのまま夫を受け入れたのです。この夜がきっかけで好江さんは妊娠に至ったようです。

 しかし、好江さんの「愛されている」という実感は幻想だったのです。最近、上機嫌で鼻歌を歌い、楽しそうな笑みを浮かべ、軽やかに歩く夫の姿に好江さんは「おかしい」と勘繰りはじめました。今までカラオケが好きではなかった夫が突然、練習を始めるなんて……。

妊娠中に明らかになった夫の不倫

 筆者が「旦那さんのどこを調べたんですか?」と聞くと、好江さんは「書斎です」と答えます。夫の目を盗んで侵入して机の引き出しを開けると、帝国ホテルやホテルオークラの領収書、カラオケボックスのポイントカードなど怪しげな品が次々と出てきたのです。夫を必死に問い詰めると、デリヘルで知り合った女性にぞっこんだと白状しました。その女性に好かれたい一心で歌を練習したり、気に入られるために銀座のすし店でごちそうしたり、楽しませるためにディズニーランドやシーへ連れて行ったり、満足させるために高級ホテルに招き入れたりしたことが次々と明らかになったのです。

 好江さんは「無神経で浅はかな行動に腹が立ちました!」と言いますが、実のところ、夫に愛されていたわけではなく、単なる性欲のはけ口であり、相手は誰でもよかったのです。しかも、好江さんが抱かれたのは自宅の寝室。カラオケでデュエットしたり、ごちそうを食べたりしたわけではありませんでした。むしろ不倫相手より下に見られていたのだから、余計に怒り心頭です。

 好江さんはついに堪忍袋の緒が切れ、「私が妊娠していること、気づいてた?」と切り出すと、夫は逆ギレ。「そんなことは知らねぇよ。2人で十分だろ?」と──。その言葉で、かろうじてつないでいた夫への気持ちがプツンと切れてしまったようです。「本当にいいの?」と確認すると夫は「勝手にしろ!」と言うのです。好江さんが筆者に助けを求めてきたのは、このタイミングでした。

「はじめは何があっても産もう。そう決めていました。でも、好きじゃない相手の子どもがお腹の中にいることが、そのせいでつわりで苦しむことが、こんなに苦痛なんて思いませんでした」

 好江さんはそう回顧しますが、お腹の重みを感じるたびに脳裏をちらつくのは夫が不倫相手と一緒にいる姿。好江さんを抱いた手が、今は別の女を抱いていると思うと、胸が痛く、息が苦しく、そのまま倒れてしまいそうな衝動にかられたそうです。

「このままじゃ、この子が不幸になるんじゃないかって。産んだはいいけれど、本当にかわいがることができるのかって。上の2人と同じように……」

 好江さんは不安な気持ちを吐露しますが、夫への怒りが第3子へ向かってしまうことを恐れたのです。何より今の夫は父親としてふさわしくありません。第3子は多かれ少なかれ、父親失格である夫の影響を受けるでしょう。また離婚しないだけで愛情がない両親のもとで育つのが、果たしてお腹の子のためなのか。そんな自問自答を繰り返した末、筆者に相談に来ました。夫婦のこれまでや夫との関係を整理して語る中で、好江さんは次第に育てる自信を失い、産まないほうがいいという結論に達したのです。