日本の中絶手術は「時代遅れ」
近年、日本でも吸引法が広がってきたとはいえ、そうは法、もしくはそうは法+吸引法による中絶が全体の6割を占めているのが現実だ。日本の中絶件数は20年時点で約14万5000件。今なお多くの女性たちが手術に伴うリスクにさらされている。
「日本の中絶手術はWHOが指摘するとおり、世界から見ても時代遅れです」
そう話すのは、中絶問題を研究する『RHRリテラシー研究所』の塚原久美さんだ。塚原さん自身、かつてのMさんと同様に、妊娠が判明した直後に手術できず「3週間待たされた」経験がある。
「妊娠初期の場合、胚をかき出すには小さすぎるため、かき出せる大きさになるまで“育てて”手術をするのです。それを知ったときはショックでした」(塚原さん、以下同)
1988年にはフランスで、より身体への負担が少なく安全な「飲む中絶薬」が承認された。現在は世界82か国で承認され、先進国の中絶は吸引法と中絶薬が主流になっている。なぜ日本では安全で安価な中絶が選択できないのか─。中絶薬を日本でも認可してほしいという声は高まるばかりだ。
その影響もあってか、ついに英製薬企業・ラインファーマの日本法人が厚生労働省に対し、年内にも承認申請を行うと発表。順調に進めば1年程度で承認される見通しだ。
今回申請される「飲む中絶薬」は、妊娠を維持する黄体ホルモンの働きを抑える「ミフェプリストン」と、子宮を収縮させる「ミソプロストール」を組み合わせた中絶法だ。ラインファーマによると、国内の治験でも有効性と安全性が確認されたという。
「中絶薬を速やかに承認し、適正な価格で提供して、必要な人すべてが使える体制を整えるべきです。日本の中絶費用は他国と比べて高く、医療保険もきかないため妊娠初期でも10数万円はかかります。一方、イギリスやフランスなど約30か国では、公的保険や補助により中絶薬は実質無料です」
WHOの調べでは、飲む中絶薬の世界平均価格は日本円で約780円。しかし、中絶薬に慎重な態度を示す日本産科婦人科医会は、中絶薬の処方や診察はこれまでどおり指定医師のみが行うべきとしている。薬の単価は安くても、母体の安全管理のため医療行為が必要となれば、従来の外科手術並みの金額になってしまいかねない。
「経済的な理由で中絶できず、トイレで孤立出産して罪に問われる女性たちが日本では後を絶ちません。これは社会構造の問題です。必要とする誰もが安心かつ安価に中絶できる体制を整えるべきです」
一方、海外ではオンラインで事前カウンセリングを受け自宅で薬を服用する、遠隔医療の中絶も増えてきている。
イギリスではコロナ禍をきっかけに1年前からスタート。希望者は中絶ケアを行う団体にアクセスし、オンラインや電話で看護師や助産師のカウンセリングで情報を得て、吸引法にするか中絶薬にするかを自分で選ぶ。現状85%の女性が中絶薬を選ぶという。その後、前述した2種類の中絶薬が自宅へ郵送されてくる。説明書に従って服薬すると、やがて出血し、流産となる。
現地で助産師として働く小澤淳子さんが言う。
「妊娠判明の直後から内服できるので、望まない妊娠期間は短くなり、身体的、心理的負担を減らすことが可能になりました。遠隔処方で中絶をした女性は、おおむね自分の受けたケアに満足しているとの調査結果があり、安全性においても十分な確認がとれています」