わが子を亡くした母親の思いを叶える
真保さんはエンバーミングを通じて、さまざまな遺族に寄り添い、対峙してきた。なかには、病院で治療を受け続けた末、息を引き取った赤ちゃんの両親もいる。
その赤ちゃんは先天性の呼吸器疾患があり、生まれてからずっと病院の新生児集中治療室で治療を受けていた。そして生後約10か月で、短い生涯を閉じた。
生きて帰ることのなかった自宅には、赤ちゃんのためにそろえられた新しいベビー服やベビー用品が、むなしく置かれていた。赤ちゃんの両親、とりわけ母親のショックは大きく、葬儀社から真保さんに「なんとかしてあげられないか」と相談があった。
「ご自宅で、赤ちゃんと少しでも一緒に過ごす時間が持てるようにと、エンバーミングを行いました。赤ちゃんとご両親は1週間くらい、一緒に生活することができました。お母さんからは“お風呂に入れていいか”とか、“ベビーカーで公園を散歩できないか”などと、いろいろなことを聞かれましたね。今までできなかった、普通の子育てをすべてやりたかったのだと思います」
そう真保さんは振り返る。エンバーミングをしたとはいえ、遺体である以上、やれることとやれないことがある。それでもたった1週間とはいえ、親子の日々の記憶をつくることはできた。きっと、いくぶんかはおだやかな気持ちで、両親は赤ちゃんとお別れができたのではないだろうか。
「エンバーミングは葬送のお別れを目的としています。なかには“このまま保全しておきたい”という方もいらっしゃいますが、それはできないのです。
日本ではエンバーミングに関する法律が整備されていないため、IFSAが独自に、エンバーミングした方の保全は50日というルールを定めています。そこは律して、ルールを守っていただくことが施術の条件なんです」
そんな「50日ルール」をフルに活かしたケースがあった。
夫婦ともに医師で、2人で切り盛りしている病院があった。あるとき、副院長の妻が亡くなった。真保さんは依頼を受けて、すぐにエンバーミングを実施。葬儀は関係者だけですませ、遺体は自宅へと運ばれた。
「副院長さんは、ずいぶんとみなさんから慕われていた方だったんですね。その病院は介護施設も併設していましたが、患者さんや入所者の方がお別れできるように、各施設に数日間ずつ、ご遺体を安置したのです。みなさん、お好きな時間に副院長さんに会いに行って、お花を供えたり、お礼を言ったり、思い思いのお別れをしたそうです」
高名な僧侶が亡くなると、全国から多くの人が弔問に訪れるといったケースは昔からあった。腐敗が進んでも、そのままの状態で“お別れ”をしたという。しかし現代ではエンバーミングによって、生前を思わせるきれいな遺体と会うことができるのだ。