どんな環境で亡くなっても尊厳ある最期を
真保さんによれば、ここ数年、日本で暮らす外国人からエンバーミングへの需要が増えているという。
「外国の方が日本で亡くなられた場合、日本の葬儀社を利用することになるのですが、日本の葬送文化になじめず、困っていたようなんです」
4年ほど前、イスラム圏であるパキスタン出身の外国人が、働いていた飲食店で死亡する事故があった。イスラム教では、人が亡くなると、教会(モスク)に遺体を運び、参列者がお浄めをする。その後、お祈りをして弔うのが習慣だ。
「かつてはパキスタン航空が日本へ直通便を飛ばしていました。そのためパキスタン大使館は、自国民が亡くなると無償で本国へ空輸していたんです。亡くなってすぐにドライアイスを詰めれば、翌日には飛行機に乗せ、運ぶことが許されていました。ところが、すでに4年前には直通便がなくなっていて、煩雑な手続きや高額の費用も必要になってしまった。おまけに航空会社が遺体を運ぶ条件として、必ずエンバーミングを行うよう定めているんです」
これでは莫大な費用がかかってしまう。そこで真保さんは、通常の半額で仕事を引き受け、納棺からエンバーミングまでを行った。
しかし、その後も日本で亡くなる外国人の数は増え続けていく。そのほとんどが、空輸できる予算が見込めないケースだった。
「空輸できないのであれば日本で埋葬しようということになり、私もそのお手伝いをすることになったのです」
エンバーマーの真保さんにとって、埋葬は門外漢である。それでも乗りかかった船とばかりに、サポートすることを決めた。
「イスラム圏では、宗教上の理由から火葬を固く禁じています。しかし日本では身寄りのない人が亡くなった場合、行政のもとで火葬するよう法律で決められているんです。そのため日本で身寄りのないイスラム教徒の外国人が亡くなったとき、間違って火葬されたケースがあり、問題になっていました」
日本にもイスラム教徒に対応し、土葬が可能な墓地はあるのだが、その数は少ない。そのため真保さんは、在日イスラム教徒の有志による団体『パキスタンコミュニティー日本』に協力し、多くの外国人の最期を見届けてきた。
この団体を主宰するのは、パキスタン人のハフィズ・メハル・シャマスさん。活動はすべてボランティア。イスラム教徒の外国人が亡くなった情報を受けると、シャマスさんは真保さんとともに駆けつけている。
「もう、何十か所も真保さんと行きました。群馬、山梨、名古屋、大阪、それから九州……。真保さんは、いつも格安で引き受けてくれます。一生懸命で、私が会った日本人の中でいちばんいい人です」
と、シャマスさん。真保さんが協力を惜しまないのは、「故人の尊厳」に対する思いがあるからだ。
「たまたま日本で亡くなって宗教や国籍が違うだけなのに、“これはできない”と言いたくないんです。亡くなった人のご家族がちゃんと癒されて、故人の死と向き合えるようにしてさしあげたい。どんな国の国籍の方でも同じように、その文化に合った、望む葬送の形でお応えしていこうと思っています。(依頼されて)ご縁があった方に、少しでもお手伝いができればという気持ちで協力しているんです」
エンバーミングを軸に、葬送に関するさまざまな取り組みに尽力する真保さん。今年5月、衆議院議員会館でエンバーミングについての勉強会があり、これにも参加した。
「日本でエンバーミングの認知度を高めていくための勉強会で、ゆくゆくは国家資格の創設を目指そうとする動きもあります。その影響なのか、最近では自衛管の募集要項に、エンバーマーという項目が登場するようになりました」
大規模災害時に、遺族のケアを行う『DMORT』(災害死亡者家族支援チーム)の活動も浸透してきた。
「海外では遺族の心のケアを行うだけでなく、エンバーミングをするなど遺体のケアも行われています。そうすれば、医療関係者は生存者への対応に集中できるからです」
真保さんが経営するディーサポートのスタッフは現在、7名。そのうち1人はエンバーマーの資格試験を受け、間もなく結果が発表されるという。実は、真保さんの妻もエンバーマーだ。
「妻は13歳下で、7年前に結婚しました。6年前に長男が生まれてからは、ディーサポートの裏方の仕事をやってもらっています。
妻とは私がライセンス取得後、処置に行った派遣先の葬儀社で出会いました。妻は動物介護やペットロスに関することも学んでいて、今後に活かそうと思っているようですね」
死を見つめ、絶えず遺体と向き合うエンバーミング。この技術で得られるのは、残された遺族が、これからも前を向いて生きていくための糧となるもの。元気だったころのような色艶。ふくよかな表情─。
遺体をきれいに修復し保全するだけにとどまらず、生きるとは何か、死ぬとはどういうことなのか、私たちに問いかけているように見える。
真保さんが言う。
「お別れは、ご家族をはじめ、これまでに故人が出会ってきた方々と対面できる最後の機会。ですから時間をかけて、みなさんがよかったと思えるお別れのお手伝いを今後もしていきたいと思っています」
〈取材・文/小泉カツミ〉