華々しいモデルの世界から動物プロダクション経営へ。2度の結婚と離婚、息子との突然の別れを経て至った「ぞうの楽園」をつくりたいという夢。その夢は大きく育ち、今では70種類以上の動物たちと人がふれあえる場に。そんな“リアル版どうぶつの森”をつくった人の生きざまとは。
10頭のゾウを飼育する『市原ぞうの国』
6月の平日。空はどんよりとして、時折小雨がパラつく天候にもかかわらず、『市原ぞうの国』のエレファントスクエア(広場)の観客席には、親子連れやカップルなど多くの人が詰めかけていた。
この日は7頭のゾウが広場に登場。鼻でフラフープをしたり、タンバリンを鳴らしたり、さまざまなパフォーマンスを披露。ゾウたちが順に太い脚でサッカーボールを蹴りゴールを決めると、観客席から大きな歓声が上がった。
ここでは、直接ゾウにエサをあげ、触れることもできる。高さ3メートル半、推定4トンのゾウが間近に迫ってくると、怖いというより感動すら覚える。優しそうな小さな目、長い鼻をクルンと上げると口元は笑っているかのよう。ゾウに触れた来園者は、子どものみならず大人も「大きいね」「皮膚が硬い!」とはしゃいでいる。
そんなゾウとお客さんとのふれあいを、微笑みながら見守る坂本小百合さん(72歳)。この動物園の創業者であり、園長だ。
「動物プロダクションでのふれあい動物園の経験を生かし、お客さんが動物にエサを与えたり、直接触れられるコーナーを設けました。動物が人間を怖がらず、攻撃せず、ふれあう環境をつくるには、その根底に飼育する私たちと動物との信頼関係を構築しないとできないことです」
現在10頭のゾウを飼育し、その数は日本一。国内で初めてアジアゾウの自然哺育にも成功。私立の小さな動物園を日本有数の人気動物園に成長させた、その実績に裏打ちされた言葉だ。この2年半は、新型コロナウイルスの蔓延によって、日本中の動物園が苦境に立たされた。『市原ぞうの国』も例外ではない。
「当初はうちも休園を余儀なくされました。県から強制されたわけではないですが、“閉めていただきたい”と説明されて。休業イコール売り上げはゼロ。“収入がなくなるんですよ、どう補償してくれるんですか”と聞いたら、“支援金が200万円出ます”と。ふざけるな、って(笑)。ゾウは1日100kgもエサを食べるんですよ、その足しにもなりません」
ユーモアを交えてポンポンと威勢よく話す小百合さん。傍らで娘の佐々木麻衣さん(43歳)は苦笑する。動物園の広報を務め、運営を支えている1人だ。
「母は“絶対に閉園しない!”と大騒ぎだったんです。でも、外出自粛のあの時期に開園してもお客さんは来ないだろうし、世間に叩かれます。それに万が一、スタッフにクラスターが起きたら、大変なことになる。全力で阻止しました」
50人以上のスタッフを抱え、400頭羽以上の動物を飼育する経営者として、小百合さんは「休園したら収入をどこから生み出すの!」と娘に問うた。
「私は、母を説得するために“ネット販売に力を入れて、売り上げをつくるから”と宣言しちゃったんです。思い浮かんだのが、記念ぬいぐるみ……うちでは毎年、当園で生まれた5頭のゾウの誕生月に、それぞれの記念ぬいぐるみを作って販売しているんです。でも休園すると売店で売ることができず在庫がたまる。ホームページで“コロナに負けないぞうセール”と銘打って、記念ぬいぐるみに、ご招待入園券をつけて販売したんです」
外出自粛が解除になったら、来園してくださいの願いを込めた招待状だ。
「販売開始から3日目に、ネットショップの注文が2000件もきて、ビックリ!何か仕掛けたわけでもないのに。一般の人が“ゾウさんたちが収入がなくて困っているから、みんなで助けましょう”とツイッターで呼びかけてくれて、それが拡散したんです。その日からスタッフ総出で梱包作業に追われ、うれしい悲鳴でした」
と麻衣さん。
「麻衣のおかげね。それと、やはり『市原ぞうの国』を存続してほしいという人が大勢いたのね。みなさんの愛を感じました」
と小百合さん。こうして窮地をしのぎ、2021年には数年前から計画していた園内のリニューアルを敢行。タイ料理レストランのフードコートやミュージアムを設け、隣の姉妹園『サユリワールド』と統合し、『アニマルワンダーリゾウト』として再スタートを切った。
いまだコロナ禍ではあるが、客足は伸び「おかげさまで今年の集客は今のところ順調に増加しています」
ソーシャルディスタンスのため人数制限したこともあり、「ゴールデンウイークは整理券を出して、30分から1時間待っていただいたほど盛況でしたね」と小百合さん。
動物と関わる世界に身を投じて44年。実はそれ以前は、明石リタの名で、ポスターや雑誌の表紙を飾った人気モデルだった。60代以上の読者なら見覚えがあるかもしれない。