2人に1人ががんになる時代。患者を治療する立場の医師ががんになることも少なくない。今回は乳がんを経験した唐澤久美子先生に話を聞いた。
乳がん専門医が乳がんに
5年前の冬、入浴中に乳房を触診した唐澤先生は、右乳房に2cmほどの腫瘍を確認した。最近できた大きさではなく、まめに触診していれば、もっと早くわかったはず。当時はとにかく仕事が忙しく、最後にいつ触診したかも思い出せなかった。
「とっさに浮かんだのは“これはヤバイ”という思い。がんがあったからではなく、自分は乳がん専門医で、人に自己検診を促す立場なのにサボっていたのはまずいと焦ったのです」(唐澤先生、以下同)
唐澤先生の家系にはがんになる人が多く、「予想どおりがんになった」と思った。治療法もわかりきっている。ところが想像以上だったのは、抗がん剤の副作用だった。
「もともと薬の副作用が出やすい特異体質で、覚悟はしていました。でも、自分の患者さんでも見たことがないほどの強い副作用が出たんです」
立っていられないほどのだるさから始まり、ひどい薬疹やしびれは全身に広がった。
近年では副作用対策が進み、多くの人が吐き気もなく、個人差はあるが抗がん剤投与の数日から1週間後には通常の生活や仕事に戻れる。ところが唐澤先生の場合は、仕事どころか命に危険が及ぶような症状が続いた。
「私の仕事は、患者さんの病気を治して、よりよい生活を送ってもらうこと。ぎりぎりまで副作用に耐えても、ヘロヘロの状態で患者さんに向き合うことはできません。そう思って、副作用の強い治療はやめました」
この経験は、医師としても貴重な気づきが多かった。
「抗がん剤などのがんの標準治療は、現段階でもっとも推奨される治療法です。でも副作用には個人差があり、その程度は患者から医師にしっかり伝えないと、わかってもらえないと実感しました」
その治療で生存率が上がるというデータがあっても、きつい症状が出たら「生活の質」を大きく落としてしまう。唐澤先生の場合は、医療従事者としての「人生の質」を考えての判断だった。
「それまで、お付き合いで参加していた会議や集まりも、行きたくないものは行かない!と、ふんぎりもつきました。これも、がんをきっかけに、やめたことですね」
患者さんへの接し方にも変化があったと話す。
「治療がきついからと、すぐにやめていいということではないです。患者さんの将来を思えば、このくらいの副作用なら治療を続けたほうがよいというケースももちろん多いです。
以前は治療する人と受ける人という立場の違いから、患者さんに多少遠慮もありましたが、もうこちらも経験者ですからね。診察室で些細な不満でグチを言い続ける患者さんに、“それくらいは頑張って”と言えるようになりました(笑)」
◆やめたこと「副作用の強い抗がん剤治療」◆
その治療で再発率がどのくらい下がり、生存率が延びるのか、考慮したうえで、仕事を続けられる治療を選択。副作用の弱い放射線治療と薬物治療に切り替えた。
(取材・文/志賀桂子)