「見つけなくていいがん」を見つけてしまう検査

 前立腺がんの患者の数と、前立腺がんによる死亡率を比べた興味深いデータがある。前立腺がんの患者は2003年ごろを境に急増したのだが、患者が大きく増えたにもかかわらず、前立腺がんによる死亡率は以前とほとんど変わらなかったのだ。これは何を意味するのか(具体的なデータは写真ページのグラフ参照)。

部位別年齢調整死亡率(全国)・罹患率(高精度地域)年次推移(国立がん研究センターがん対策情報センターより)
部位別年齢調整死亡率(全国)・罹患率(高精度地域)年次推移(国立がん研究センターがん対策情報センターより)
【グラフ】前立腺がん罹患率の推移

「前立腺がんは、80歳以上の方の50%以上が診断されない状態で持っていることが知られています。でも進行速度の遅いものがほとんどなので、この病気自体では命を失うことが少ないと言われてきました。

 前立腺がん検診では、PSAというタンパク質の一種を測定する『PSA検査』をするのですが、精度が高いので、小さいがんも見つけることができます。もともと多くの人が持っているため、この検査の普及とともに診断される機会が増え、結果として患者が急増しました。

 本来、放置すると死に至るがんの早期発見・治療が普及すると診断数の増加と同じだけ死亡が減るはずですが、実際はほんの少し死亡率が減ったかなという程度でした。つまり、死亡に関係のあるがんの発見・治療はあったとしてもわずかで、治療してもしなくても死亡率には関係のない、おとなしくて進行の遅いがんを大量に発見したことを意味しています」(中山先生、以下同)

 治療の必要のない、見つけなくていいがんを見つけることを「過剰診断」と言うが、前立腺がん検診はまさに過剰診断の温床なのだ。治療しなくていいがんなら、たとえ検診で見つかっても放っておけばいいだけの話じゃないか、と思う人もいるかもしれないが、どんなに小さくても、がんが見つかれば治療したい、手術で取り除けるなら取ってしまいたいと思うのが人情というもの。

「最近では、治療をした場合と、治療せずに経過を見守った場合を比べても、死亡率に差がないことがわかったので手術は減りましたが、以前は、治療の必要のないがんが早期発見されたばかりに治療対象になっていたのです」

 やる必要のない手術を受けるのはたしかにイヤだが、手術で前立腺をとってしまえば、もう前立腺にがんができることはなくなるのだから、それはそれでいいという考え方はできないだろうか。

「たしかに、前立腺を全摘すれば前立腺がんのリスクはかなり小さくなりますが、そう単純な話ではないんです。というのも、前立腺は排尿や性機能にかかわる神経に接しているため、術後に尿漏れや性機能障害を起こす可能性が高いのです。

 たかが尿漏れ、と考えるかもしれませんが、漏れた尿でズボンが染みはしないかと心配になったり、吸水パッドやおむつのお世話になると外出時はいちいち大便所に入らなければならず、外出がだんだん嫌になったりと、往々にして活動の幅が狭くなることが多いのです」

 検診で見つけなくていいがんが見つかると、尿漏れなどのQOL(生活の質)の低下を招きかねず、肝心の死亡率も下がらない。そのため、国立がん研究センターも厚労省も、前立腺がん検診の受診をすすめていないのだ。