代わりがいない唯一無二の声優に
声優としての三ツ矢さんをよく知るのが『タッチ』で浅倉南を演じた前出の日高さんだ。当時、新人だった日高さんは、三ツ矢さんから多大な影響を受けたと話す。
「キャラクターの心の動きを考えてセリフを言う。それは演技の基本ですが、私は絵に合わせて尺にセリフを収めることに一生懸命になってしまい、疎(おろそ)かになっていたんですね。
そしたら三ツ矢さんが真剣な顔で、『もっと僕を愛して!』と。僕の演じている達也を愛して、ってことです。達也を本当に愛していたら、南は、このセリフをどう言いますか?と、私に考えさせて、私の中から演技を引き出そうとしてくれたんです」
こうしなさいという具体的なアドバイスではなく、本質的なことを教えてくれたのが三ツ矢さんだったという。
「タッチで2年間ご一緒したことが、私の声優としての土台になっていて。今でも、新しい役に出合うたび、そのキャラクターの背景や、どういう気持ちでそのセリフを言っているか深く考えますね」
一見、大らかな三ツ矢さんだが、実は「繊細な人」だと日高さんは評する。
「だから、表面はある種のいいかげんさを見せていても、本当は誰よりも優しい──上杉達也の繊細な心理を表現できるんです。私は音響監督や演出家の三ツ矢さんとも仕事をしたことがあって。声優や役者の個性を尊重してくださる印象があります」
“個性”は三ツ矢さんが大切にしていること。声優業界の現状を、三ツ矢さんは危惧する。
「今は声優が人気の職業になり、養成所が山のようにある。そこで標準的な演技を教えられると個性が消えてしまうんです。深夜アニメを見ていると、女の子の声って、みんな似たようなしゃべり方。区別がつかないんです」
声優のお金事情にも言及。
「声優のギャラって、人気や視聴率に関係なく決まっているんです。ランクがあって、1本30分のアニメで最低ランクが1万5千円。実績やキャリアでランクが上がっていき、上限が4万円ほど。
今は作品制作の予算が限られる中で、若手をたくさん起用する。その若手声優さんたちが何年か頑張ってギャラが上がると、使ってもらえなくなる。
つまり個性がないと、ギャラの安い他の誰かに代わられ、言葉は悪いけど、使い捨てみたいにされちゃうんです。
個性を大事にし、声の芝居で勝負できる声優さんを目指してほしいと思いますね」
達也の他、『キテレツ大百科』のトンガリ、そして映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマーティなど数多(あまた)の当たり役を持つ、唯一無二の声優だからこその言葉だ。