抗がん剤治療をしないという選択
「薬は単なる道具ですから、患者さんにとってプラスになるなら使う、そうでないなら使わないのが原則です。抗がん剤を使うことでラクになるのなら使い、抗がん剤を休むほうがラクな状態になるのであれば治療をお休みするほうがいいんです」
しかし、患者の多くは“つらくてもやらなくてはならない”と思い込んでいると高野医師は語る。
「医者がやるように言っているから、つらくてもやり遂げないといけない、という発想です。“いい状態で長生きする”という目標に逆行するような治療は、やらないほうがいいにきまっています」
だが、がんと向き合いながら何も治療を受けないという選択をするのは不安だ。
「それは、がんに対して誤ったイメージが浸透しているからです。例えば、日本人において、心筋梗塞や脳疾患を引き起こす動脈硬化はがんと同程度の死因です。
罹患すると治らない点も、それによって亡くなる確率が高いのも同じですが、健康診断で動脈硬化を指摘されてもショックを受ける人はそれほど多くないんです。でも、がんを告げられるとひどくショックを受け、何か治療を受けなければと思ってしまう。
多くの人は、がんは死に至る可能性が高く、つらい治療をしなければならないと思い込んでいるんです。がんになっても、自分らしく生きていくことが重要で、そのためにうまく使う道具が、抗がん剤です」
高野先生のもとで治療を受ける患者さんの中には、がんを患ったことを周囲に隠している人が少なくないという。
「年をとれば誰もががんになる可能性があります。薬物療法は、副作用というデメリットもありますが、治療によって元気になったり、仕事が続けられたりするなどのメリットが上回ることが期待できるのなら、試してみる価値があります。
患者さんが自分にとって最適な治療を受けるためにも、みなさんにがんに対する正しい認識を持っていただきたいと思っています」
がん薬物療法で使われる主な薬剤
抗がん剤
がん細胞の細胞増殖過程に働いてがん細胞の増殖を妨げ死滅を促す目的で作られた薬。正常細胞にも影響が及ぶ。
分子標的治療薬
がん細胞が特異的に発現している分子を標的に設計された薬でがんの増殖や転移を抑える。正常細胞への影響は少ない。
免疫チェックポイント阻害薬
がん細胞が持つ、免疫にブレーキをかける仕組みに働きかけ、本来持っている免疫ががん細胞を攻撃する力を保つ薬。
ホルモン剤
ホルモン受容体陽性乳がんなど、特定のホルモンの影響を受けて増殖するがん細胞を抑えるために使用される。
(取材・文/熊谷あづさ)