どこまでも前向き
ひとりの患者さんと向き合うという意味では、通常の診察と同じ。医療刑務所のカルテには、その人の犯した事件や前の刑務所などの情報が書かれていて、それを見て診察をする。患者さんの情報があらかじめわかるという意味では、通常の病院の診察よりも情報が多い分、親切にすら感じることもあるという。
「刑務所は税金でまかなわれているので、外の病院で目にするような新薬は使えません。検査機器も古いものが使われています。でも、あるもので工夫して治療をしていくという経験は、地域のさまざまな病院でも求められる能力なので、刑務所に限ったことではないのかなと思います」どこまでも前向きなのだ。
精神科医の仕事に限らないが、診察室で患者さんと対面で向き合う医師の仕事は、相手が誰であろうと、関係ないともいえるし、危ないといえば危ない。だから相手が犯罪者であるかどうかは、特別に意識することではないと言う。
ただし、出所したあとに恨みを持たれている可能性はある、と藤野さんは淡々と話す。
「患者さんの中には、1年前に話したことを一語一句たがわずに覚えている特性がある人もいます。言われたことをずっと根に持っている人もいるんです。だから、実際は何があるかわかりませんけどね。医療刑務所に働いている医師はみんな、そういうことも含めて覚悟のうえで勤務していると思います」
医療刑務所で提供する医療の目的には、現在の症状を抑えることのほかに、再犯を防止する意義もあるが、実際、患者として診た人たちの中にも再犯し再び入所してくる人も多いという。
「それでも、治療をしている側が再犯を恐れるというのは、それ自体が矛盾しているのではないかと思い、勤務を続けさせていただいています」
世の中には、自分だけは罪を犯したりしないと信じている人は多いだろう。だが─。
「僕は、人はきっかけがあれば誰でも罪を犯すことがあると思っています。過酷な生育環境でお腹が空いて死にそうなときに何も食べるものがなかったら、コンビニでものを盗むかもしれません。そんなことないよ、と言う人も、例えば信号無視をしたりするわけですよね。僕自身、もちろん罪を犯すつもりはありません。でも誤解を恐れずに言えば、精神科医として罪を犯した人を診て知見を深めることで、犯罪に対する興味のようなものを昇華している部分もあるんじゃないかって、ちょっと思ったりしています」
一人の医師として発信者になる
2020年夏ごろから、藤野さんは『世界一受けたい授業』などのテレビ番組に出演するようになる。
「精神科って偏見が強くて誤解されやすい科なんです。でも働いてみたら意外とハードルは高くない。“精神科ってそんな変なところじゃないぞ”という思いが強くなり、とにかく発信をしていこうと思ったんです」
そのころ、藤野さんは児童精神科のあるクリニックでも働いていた。そのクリニックの元院長だったのが加藤晃司さんだ。現在は医療法人永朋会理事長の傍ら、カフェ経営や医療系サイトの運営など経営者としても活躍している。
藤野さんがメディアで活動するうえで、さまざまなアドバイスをしてくれる存在だ。その加藤さんが、藤野さんの素顔を語ってくれた。
「僕がビジネスをしている医師でもあったので、話が合ったんです。彼は若いのに最初からビジョンがしっかりしていましたね。そしてそのとおりに実行している。最初は、テレビに出てちやほやされたいだけなのかな、と思っていましたが、違いましたね。ただの医者ではなく、もっと世の中に発信していきたいという、確固とした意志がありました。
誤解されがちですけど、目立ちたくてやっているわけではない。医師って普通は、直接会っている患者さんにしかサービスを提供できません。その壁をぶち破りたかったんじゃないですか。クサい言い方をすれば、多くの人に元気になってもらうためには、名前を知ってもらうことが必要だし、名前が知られればその声が届きやすい。だからメディアを活用しているのでしょう」
この言葉を裏付けるように、テレビ番組以外でも『マンガでわかる! 小学生のためのモヤモヤ・イライラとのつきあい方』(主婦と生活社刊)の監修をし、子どもに対して思春期の微妙な心との向き合い方を示したりもしている。多くの人に届けば、誤解する人もいるかもしれない。でも同時に、ひっそりと救われる人もいるはず。その絶対数を増やすには、藤野さんのような、ある意味、戦略的なやり方が必要だったのかもしれない。
「しかも、そのために彼はものすごく勉強しています。努力して新しいことにチャレンジして頑張っている医師って、僕の周りには彼くらいしかいません」