自分と同じような悩みを抱える人を応援するために、コロナ禍で仕事が待機になったとき、以前の仕事のつてをたどって医療用のウィッグ開発に乗り出した。
“正しく知って、正しく恐れる”ことの手助けができれば
そして半年で商品化にまでたどり着く。こだわったのは人毛であること、長時間つけていても疲れないこと、その人らしい髪形であること、リーズナブルであることだ。
「私が遺伝性のがん患者だということは、娘にも遺伝していく可能性があります。知ることを恐れず、彼女にも向き合ってもらいたいと願っています。そして、万が一にも髪を失うようなことがあっても、そのつらさや不安を少しでも軽減してあげたい。娘の未来のためにも、いいウィッグを作っていこうと思ったんです」
野中さんのもとには、ウィッグの相談だけでなく、同じような病気、悩みを抱えている人たちからの相談が寄せられている。
「中には“遺伝”といったことで悩まれている方もいます。“遺伝”となると抗えないですよね。悩むというより“背負う”といった感覚に近い。私の娘もまだ結婚前。女性として思い悩むことは、これからたくさんあると思います。親子だと、なかなか正面切って病気について語り合うって難しいんですよ(笑)。
でも、遺伝性がん患者の会に参加させたり、大学病院の教授に講師をお願いして子どもたち向けの勉強会をしてもらったり。“正しく知って、正しく恐れる”ことの手助けができればと思います」
自分の経験が少しでも娘や、病気で悩んでいる人の役に立てば、と野中さん。決してウィッグを売るだけではない、購入者の気持ちに寄り添うメールや電話のやりとりがライフワークとなっている。
「このウィッグを必要とされている方たちのためにも、娘のためにも、責任を持っていいものを作り続けていきたいと思います」
遺伝性乳がん卵巣がん症候群とは
遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC: Hereditary Breast and Ovarian Cancer)とはBRCA1またはBRCA2という遺伝子に生まれつき遺伝子が正常に働かない変異(病的バリアント)があるため、一般の人より乳がんや卵巣がんが発症しやすくなっている状態のこと。(一般社団法人日本遺伝性腫瘍学会HPより)
取材・文/水口陽子
野中美紀(のなか・みき) 株式会社SUMIKIL(スミキル)代表取締役/自身の体験から人毛100%の医療用ウィッグを考案し販売。利用者がウィッグを着用した状態で、美容師が希望どおりの髪形に切るというサービスで人気。