「妻の機転で命拾いしました」

 実感がないものの、医師の言葉を受け止めるしかなかった。命をあきらめかけていた村野さんだったが、それを救ったのが妻だった。

「インターネットで〈中咽頭がん/ステージ4/末期がんからの生還〉〈中咽頭がん/名医〉〈末期がん/名病院〉などのワードを入れて検索したら、『陽子線治療』というのがある、同じ中咽頭がんの末期でも助かっている人がたくさんいるから、その治療ができる病院に行ってみようと妻に言われたんです」

 当時、都内に陽子線治療ができる病院はなく、一番近いところが福島県郡山市にある「総合南東北病院」だった。

 さっそく、予約を入れて紹介状と検査資料を携えて5月末に受診。治療ができるとわかり、翌週6月5日に入院する。短い余命を覚悟してからわずか2週間後のことだった。

 治療は局所抗がん剤治療(動注化学療法)と陽子線治療を併用したという。

「6月9日から抗がん剤治療が始まりました。左耳の上の動脈に穴を開けて、がんがあるところにカテーテルを入れて抗がん剤を流し込む。

 ペットボトルのようなものを首からずっとぶら下げているような状態で、点滴みたいな感じですね。寝ている必要もないから本を読んだり、テレビを見たり、外を散歩したりしていました。

 陽子線治療は7月8日から8月3日まで平日10~15分程度。痛くもかゆくもないんですよ。日帰りで治療に通っている人もいるくらいで本当にステージ4なの?というような感じの方が結構いましたね」

治療中の村野さん。耳の上の動脈に穴を開けて、がんがあるところにカテーテルを入れて抗がん剤を流し込む
治療中の村野さん。耳の上の動脈に穴を開けて、がんがあるところにカテーテルを入れて抗がん剤を流し込む
【写真】治療中の村野さん。耳の上の動脈に穴を開け、カテーテルを入れて抗がん剤を流し込む

 ひと通りの治療を終え、8月17日に退院。ステージ4の末期がんからたった2か月で寛解したのだ。

「退院するころには首筋にあったしこりは触ってもほとんどわからないくらいになっていました。がんがなくなった。驚きましたね」

 ただ、唯一つらかったことが食事だったと振り返る。

「抗がん剤による副作用で治療を始めて1か月くらいたって口の中が痛くなりました。でも、主治医は自分の口でご飯を食べることが大事。胃ろうをすると治療効果が上がらないっていうんです。だから時には涙を流しながら食べましたね。

 みそ汁や水で流しながら頑張って飲み込みました。ひと噛み、ふた噛みしながらこれで生きるんだ、こうやっていれば生きていられるんだって。このときばかりはそんなことを思いながら食べていました。でも、退院してから数か月で痛みがマシになって今ではあのつらさも忘れちゃいましたけれどね」