冒頭一文の深さを味わう

 さて、これと同じようなことを、名文家として知られた谷崎潤一郎も『文章読本』の中で記しています。

《「名文」とは、「長く記憶にとどまるような深い印象を与えるもの」「何度も繰り返して読めば読むほど滋味の出るもの」》(『感覚を研(みが)くこと』より)。

 古典と呼ばれる作品は総じて、このような性質を兼ねていると思いますが、それは実は、音の世界によって成り立った日本語の伝統的な、文章に対する感覚の磨き方です。

 谷崎は言います。《文章に対する感覚を研くのには、昔の寺子屋式の教授法が最も適している(中略)繰り返し繰り返し音読せしめる、或(ある)いは暗誦(あんしょう)せしめるという方法は、まことに気の長い、のろくさいやり方のようでありますが、実はこれが何より有効なのであります》と。

 古典の世界は、音の世界。音を噛みしめることによって、味わい深い文章の感覚を養うことができる。

 冒頭の一文からギューッと読者の心をとらえる作家の文章は往々にして、古典と共通する音の世界を大事にしているのではないかと思います。

 名文イントロクイズ、クイズではあっても、どうぞ音読して、冒頭の文章の深さを味わっていただければと思います。