ある料理、ある酒を口にするとき、将又(はたまた)、ある店であのメニューを頼むとき、ふと思い出してしまう人―。料理やお酒をきっかけに引き出されるあの日、あの人を描く。グルメじゃないけど、僕にとっての忘れられない味は……。
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〈ジムを解約してから二キロ太ってしまった!〉
〈ラーメン食べると眠くなるの謎すぎる〉
〈良いマッサージ師、渋谷で見つけたから今度共有します!〉
〈終の住処、第一候補は湯河原〉
〈あー寝ます! おやすみ!〉
朝起きたら、こんな一方的な連投LINEが届いていた。送り主の彼女とは、僕が二十代の前半に出会った。出会い方は最悪だ。浮かれて入った横浜市にある関内のキャバクラで、「こういうところ長いの?」と僕が不躾に聞いて、「そういう質問が一番ダサいよ」と言われたところから始まった。
メモ機能以上、恋人以下
その場限りのメール交換をすると、次の日には正真正銘、混じりっけなしの営業メールが会社のパソコン宛に届く。たしか、シフト表などの画像も貼り付けてあったと思う。当たり障りのない返事をして、そのままフェードアウトするはずだった。それがどういうわけか、連絡を取る関係は細々と十五年以上も続くことになる。最初はスマートフォンじゃなかったので、アドレスも違った。何度かのメールアドレス変更、LINEへの移行と、まったく会う約束もせずに、文明の利器を感じながら、関係だけがただただ続いた。
友人に、彼女との関係を聞かれたとき、「メモ機能」と答えたことがある。お互い、周りの誰かに言うほどでもない、でも誰かには言いたい、ふと思いついたことを送る相手として最適だった。
彼女は店を辞め、きっと私生活でもいろいろあったはずだ。だが十五年間、プライベートなことにはお互い触れずにきた。店でのおざなりなメール交換以来、再会したこともない。画面の中だけの関係だ。
「だったら、向こうが誰かと入れ替わったらわからないじゃないか」
そう友人に言われたこともある。ただ、濁点の打ち方や使う単語で、彼女と中身が替わったら一発でわかる自信があった。きっとあちらもそうだと思う。
男女関係を越えた友情、というと聞こえはいいが、なんとなく女性であることは、意識している自分がいる。向こうもなんとなくだが、そんな感じがする。お互い、十五年間、恋愛的な話もまったく共有しなかった。心許してはいたが、どこまでもみっともなさを共有する関係ではなかった。でも、だからこそ、十五年も程よい距離感で、突き詰めない関係をやってこれたんだと思う。