「最悪」に可能性を感じて

 それから尾崎は、友人のバンドに、正式メンバーではなくサポートとして手伝ってもらう方法を思いつく。

「もう、人とやるのが嫌だったんですよ。サポートメンバーだと、その分割り切ってやれると思ったんです」

 ライブ活動はうまくいき、さまざまなイベントから声がかかり始めたが、その友人のバンドにライブが入っている日は出演できない。それなら、「もうひとつサポートのバンドをつくればいい」と考え、新たに周囲のプレイヤーに声をかけた。ここで、今のクリープハイプの4人=ギター・小川幸慈(40)、ベース・長谷川カオナシ、ドラム・小泉拓(46)がそろう。

「でも最初スタジオに入ったら、うまい人たちを呼んだはずなのに最悪だったんです。それがおもしろくて。『こんなに合わないということは、何かになる可能性もあるな』って」

 この4人に手応えを感じ、「もう一回だけバンドをやってみよう」と決意した尾崎は、こう告げた。

「今のバンドはやめてくれ、絶対売れると思うから」

 すでに動員が上がり始めていたクリープハイプは、この4人になってさらに加速。インディーズ・シーンで名を馳せ、2年半後にはメジャーデビューする。朝起きて「バイトに行かなくていいんだ」と思うことが、何よりもうれしかった、と尾崎は言う。

「ほんとに仕事ができなかったので。仕事ができなくて迷惑をかける、その恥ずかしさとか情けなさとか申し訳なさに耐えておカネをもらっている。ずっとそう思っていましたから。子どものころと同じで、言われたとおりにできないんですよね」

 希望が見えない毎日でも、音楽をやめられなかった大きな理由のひとつだ。

「だって音楽をやめて、『ダメなバンドマン』という枠から一歩でも出たら、いよいよ自分が本当にダメだということが確定してしまうので。今でも、バンドをやめる人とやめられない人だったら、やめる人のほうが圧倒的にすごいと思います」

 メジャーデビューから2年間は快調に人気を伸ばした。「自分が見ていた音楽番組にも出たし、フェスにも出たし、小さい夢をどんどん叶えていった。『ダメなバンドマン』であることに、10年以上しがみついてきたけれど、ついにそうじゃなくなった」

 しかし同時期、メンバー3人は、バンド内のコミュニケーションがうまく取れないことに戸惑っていたようだ。ドラムの小泉は言う。

「すぐ怒るんですよね、尾崎くん。なんで怒っているのかわからないぐらい、早くキレる。そこは不安でした。これで一緒にやっていけるのかって」

 ライブの打ち上げで「それがメンバーに対する態度か!」と、小泉が尾崎の胸ぐらをつかみ、もみ合いになったこともある。ほかの2人も、尾崎に気を使い、本音をぶつけられず、やりにくさを感じていた。