昼はガテン系でお受験とは無縁だった父親が、娘と一緒に名門中学を目指したノンフィクション本『下剋上受験』が話題を呼んでいる。全受験生の親必読という中身について、改めて桜井信一さん、パパ本人に話を聞いてみた。
「娘の成績が、2万6000人中2万何千番で、ア然としました。偏差値は41でした」
いまから約3年前、無料だからというお得感から長女が受けた、大手進学塾の模擬試験の結果が返ってきた。そこそこ勉強ができると思っていた我が子の結果を見て、桜井さんも奥さんも目を疑った。危惧した桜井さんは長女を塾に行かせようと考えた。そこで新たな事実に直面する。
入塾テストすら落とされる一方、入れてくれるという塾では、初めて『偏差値表』なるものを見せられ、長女が精いっぱい頑張って入れる中学は表の真ん中へん、さらにそこから進学可能な高校と大学が示されて、頭が混乱する。
「僕にとってはエリートって東大だけなんです。小学生のころから毎月4万?5万円も払っても東大に行けないんだったらお金を払う意味がないですよね」
お金だけとられそうだと考えた桜井さんは“親塾”を決意する。父と娘の“ミッションインポッシブル”はこうしてスタートした。一緒にやるといっても、中卒の父は受験勉強の経験もなく、受験そのものに興味もなかったわけだから、この“作戦”は冒険に近いものがある。
「まず、娘にこんな話をしました。世の中にはお父さんの年齢で何千万円という貯金があり、寿司屋に行って値段を見ないで注文する人がいる。そういう生活ができるようになるためにしなきゃいけない勉強時間は、実はかなり短い。その時間は、その後の時間と比べると8分の1くらいなんだということを説明したんです」
まずは、当事者たる長女にやる気を起こさせなければならない。いま勉強しておけば、バラ色の未来がある、という桜井さんが考えた『人生のしくみ』を書いて見せた(イラスト参照)。奥さんは、「そんなことない。騙されたらダメよ」と、とり合わなかったが、素直な長女は納得したという。
「最初の1か月はノリノリで、これでお嬢様になれるんだったらラッキー、みたいな感じでスタートしましたが、2か月もしないうちに無茶だったかな、とんでもないことをやっているんだと娘も気づきました」
昼は肉体労働、夜は長女と一緒に深夜まで勉強。1日7時間、休日は13時間の受験勉強は父娘を限界にまで追いつめた。長女のモチベーションを維持させるためにも、いろんな工夫もした。
「日常生活に近い形に問題を置き換えて興味を持たせたり。毎日大量の消しゴムのカスが出て、それをためておくんですが、くじけそうになると、それを見て、この量でやめるんだったら損だろう、やめるんだったらもっと前にしとけばよかったのにという感じで、目に見えるところで、やめたら損というのを意識させました」
血のにじむような努力を試みたが、第一希望の桜蔭学園はあえなく不合格。人生とはままならないことを思い知らされた。しかし、父娘の得たものは計り知れない。現在、長女は『桜蔭』に次ぐ名門校に通い、将来は医師を目指している。
「勉強は自分も楽しかったんです。でなきゃやれなかった。改めて勉強しとけばよかったなと思いました」