家族の前で見せるとびきりの笑顔が、別れの時間が近づくにつれ…
ほどなく車は同県内のリハビリテーション病院に到着。
「先生や指導員とはうまく連携がとれていて、細かい症状の変化も報告し合います」
敏郎さんが語るのは安心感だ。介護職員や病院スタッフが家族の心のよりどころになっていることがわかる。
リハビリ室に移動すると、指導員が良美さんの固く曲がったままの足の関節を伸ばし始めた。右足は左足の何倍も固く、持ち上がらない。時間をかけ、ゆっくりとほぐす。
両足を指導員、身体の周りを智恵さんと聡さん、両腕を敏郎さんが支え「いち、に、いち、に」という掛け声に合わせ、ゆっくりと進む。
良美さんのやる気を持続させるため、智恵さんが犬のぬいぐるみで誘導したり、聡さんが話しかけたりする。良美さんはケラケラ声をあげて笑ったりしゃべったり。良美さんのためのリハビリは家族がふれあうための時間になっている。
足を触らせてもらうと、リハビリ前は岩のようだった右足が左足とほぼ同じくらいプニプニと柔らかくなっていた。
特養に戻った。前出の男性職員は、
「最近、良美さんは表情が豊かになってきました。基本、にこやかな方です。職員にニコッと笑いかけてくれますが、ご家族の前での笑顔は違いますね。格段にうれしそうで、かなわない」
小竹家は、頻繁に施設を訪れる。それが一家の当たり前になっていて、聡さんは、
「仕事が忙しくて、毎日会いに行けるわけではないけれど、時間ができたときには、母のところへ行くようにしています。自分ができる限りのことはしてあげたい」
前出の男性職員は、
「小竹さん一家ほど来てくれるご家族は少ない。年に1回の場合や、音信不通になる場合もあるくらいです。“最近、孫が来ねえんだ”“私なんてもう、死んじゃったほうがいいんだよ”と荒れたり落ち着きがなくなる方も出てきます。ご家族に愛情があるかどうかって、重要なんですよね」
家族が帰る時間が近づくと、良美さんは寂しそうな表情を見せ始める。夕方4時ごろ……。いつもなら「この時間になるとあんまり笑わなくなるんですよね」(前出の男性職員)という時間帯に、この日初めて、記者に笑いかけてくれた。
「初対面の人に対してはずっと、“誰なの?”っていう態度で終わってしまうことも多いんですよ。すごいなぁ」と敏郎さん。夫や子どもらが話しかけても、笑顔は昼間より少なくなっていく。
「お別れはしないんです。寂しがるから。切ないけれど、最後はひっそりといなくなります」と敏郎さん。
良美さんが職員と話している間に、家族は、そっと施設を後にした。