介護疲れによる暴行・殺人事件が後を絶たない。膨大なストレスから介護者を救う方法はないのか? 介護と心のケアの専門家に取材し、もう苦しまない、悩まないための介護術を“スマイル介護10か条”としてまとめた─

【その1 芽生えたすべての感情にOKを出そう】

「介護中に芽生えた感情は、すべて受け入れてください」と橋中さんは話す。そして、これらの感情を紙に書いてみることをすすめる。

「嫌だ、ムカつく、悲しい、恥ずかしい……全部感じて当たり前の感情です。こんなこと思う自分はダメだ……と考える必要はないのです。“殺したい”という感情でもいいから全部書き出してみる。その胸中をケアマネなどに届けてください。個別アドバイスや支援をしてくれるはず」

【その2 もう十分やっていると自分を認めてあげよう】

 介護者の特徴のひとつに、「“十分な介護ができていない”と思い込むことがある」という橋中さん。要するに、自分をほめてあげられない。周囲に感謝されることもない。

「事件を起こしてしまった人も、誰にも認められず、心身の苦しさが募ったのでは。もし、周りに介護をしている人がいたら、『頑張っているよね』といたわったり、休息を促してお茶に誘ったりしてあげてください」(高橋さん)

【その3 周りのサポートを得ることに力を入れよう】

「ひとりで背負いやりとげるのではなく、いかにサポートを引き寄せ、公的なものを使いこなすか、が大事です」と、和田さんは訴える。

 橋中さんはつぶれる前にSOSを発信することをすすめる。「『私もうダメなんです、助けてください』のひと言で、ケアマネが動くケースもある。言い出す勇気を持って」

【その4 周りに頼む際には具体的に伝えよう】

 和田さんは、家族にこんな頼み方をしたという。

「具体的に『私が留守の時に危険な行動をしないように母を見ていてほしい』『話し相手になって楽しませてあげてほしい』などと娘たちにお願いすると、最初は渋っていた娘たちも『それだったらできるよ』と協力してくれ、とても楽になりました。どんな助けが欲しいのかをきちんと伝えることはとても重要です」

 職場の上司の対応で、「ハッとしました」と振り返るのは橋中さんだ。常勤していた病院の上司に、「何が大変か言ってくれなければ、どう助けていいのかわからない」と言われ、状況を説明したことで、目の前がパッと開けた。

「週3日勤務にして、介護と両立させる道を見つけられました。家のことを話すのは恥ずかしいという気持ちを乗り越えて、『助けてください』と。だから今があります」

【その5 “バリデーション”を駆使する】

「“バリデーション”とは被介護者を価値づけるという意味です。お年寄りの方はバカにされることや相手の悪い感情にとても敏感です。ですから、『大事な存在だと思っています』ということを伝えていくと劇的に変わります」

 と和田さんは太鼓判を押す。

 具体的には、アイコンタクトを取る、「うー」と言ったら「うー」と合わせる、ボディータッチを増やす、動作をまねる、「大切な人」だと口に出して伝える、などなど。

「感情ではなくスキルなので、やりやすい。続けるとしゃべらない人がしゃべる、食べない人が食べるようになる。人が変わったように笑顔になることも。いい反応が返ってくれば“次はこれもやろう”となり、だんだんプラスの感情がついてくるはずです」

 橋中さんも、「相手に対し“弱い人間だから守る”という関係では崩れてしまう。“お互いに助け合う、価値ある存在”という心構えが理想ですね」

【その6 介護の場から離れる機会をつくろう】

 介護ストレスを避ける究極の方法は、介護の場から離れること。「1時間でもいいから」と橋中さんは、現場から離れることの大切さを説く。

「家族が苦しんでいるのに自分だけ……という気持ちになる必要はありません。だって自分のエネルギーが枯渇していたら、人のことも助けられませんから」

【その7 自分の好きなことを少しずつでもやる時間をとろう】

「負の感情をさっと切り替えるのは、頭ではわかっていても難しいことです」という和田さんは「好きなことをする時間は、何としても確保してほしい」と介護の絶対条件のひとつに挙げる。

「音楽を聴いたり、おいしいものを食べたり。趣味というには大げさなくらいの些細なことでもいいから、何か好きなこと、したいことを持っていることが大事。同じ30分を過ごすのでもリフレッシュ度が全然違います」

 橋中さんは、「他人の目を気にせず、自分が心からエネルギーをかけられるものに夢中になってみてください」とアドバイス。「芸能人の追っかけでも、ゲームでも料理でも何でもいい」

【その8 公的サービスは最大限まで利用しよう】

 3人がすすめるのは「地域包括支援センター」「介護保険」「役所の福祉課」といった公的サービスの積極利用だ。

「まずは不安に思っていることや困っていることを何でも相談してみましょう」と橋中さん。

 和田さんも「“どこに相談したらいいか”ということも、市の無料サービスやカウンセリングに相談しましょう」。相談から突破口が開ける。

 高橋さんは、「自分の時間を作るために保険の助けを借りるんです。介護者が元気でなければ、やさしい介護はできませんから」

【その9 介護が必要になる前に対策を打とう】

「早めの正しい対応を」高橋さんは、そう訴える。「認知症の場合は、初期に正しいケアができれば、まず一気に悪化しません。地域の勉強会などで、例えば徘徊がいつまで続くのか不安な時に『うちもあったけど、半年くらいで落ち着くよ』なんて言ってもらえたら、すごくホッとするでしょう」

 和田さんは「サポートが必要になってからいきなりお願いするのは、やりづらい」と実情を明かし、「ご近所さんとは日ごろから積極的に付き合い、サポートしてくれる人を増やしておきましょう」

【その10 “自分の笑顔が相手の笑顔にもつながる”ことを忘れずに】

 イライラはイライラの連鎖を呼ぶ。介護でも同様で、「こちらのイライラは、相手にも伝わります。逆に自分が笑顔なら、相手もうれしい。このことはぜひ忘れずに過ごして」と橋中さんは念を押す。

 和田さんも「いがみ合う介護」を避けるためにも「負の感情の排除」を訴え「相手がニコッと笑ったりすると、達成感や愛おしさが生まれ、むなしいだけの介護ではなくなります」と成果を期待する。

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(プロフィール)

橋中今日子さん

理学療法士とカウンセラーのスキルを生かしリハビリやセミナーに励む

高橋克佳さん

『認知症ケア研究所』の統括管理者のほか併設保育園の園長も務める

和田由里子さん

『心の健康相談室』の理事及びカウンセラーとして心の問題をサポート