■3歳から92歳まで幅広い語り手たち

 兄妹同然で育った幼なじみと結婚した男が、妻の葬儀で自分が知らなかった伴侶の素顔を知る『許嫁者』。エッセイストの女性のもとに、20年前に死んだ男の名前で封書が届く『恋文の値段』。男と一緒に母親が家を出て行く様子を少年の目から描いた『その朝』。瀬戸内寂聴さんの新作『求愛』には、さまざまな愛の形が綴られた30編の小説が並ぶ。どれも一編あたり5ページ前後のショート・ストーリーながら、強烈な印象を残す濃密な物語ばかりだ。

「これくらい短いのは“掌(たなごころ)小説”と言って、川端康成さんがよくお書きになっていたの。私は昔からそれが好きで、自分もいつか書いてみたいと思っていたんです。最近だと、田中慎弥さんは掌小説が上手ね。田中さんが書いたものを読んで、“私も負けてられない”と思って」

 短いからこそ、どのストーリーも鮮やかで、必ずどこかに読み手をハッとさせるような切れ味が潜んでいる。語り手も3歳の少年から92歳の女性まで実に幅広く、ページをめくるたびに読者は新たな小説世界へと引き込まれてしまう。

「自分で一番うまく書けたと思うのは、最初の『サンパ・ギータ』。空港に近いどこかのわびしい町で、男が若い女を買う話。でも、男はやさしいの。旅先で買った花を大事に持っていて、そのやさしさに女の子は打たれたのね。ただ身体を売ってお金をもらうだけじゃない、何かの気持ちがそこに生まれる。これはもう恋愛の感情よね。

『どりーむ・きゃっちゃー』も好きな話よ。90代の女と40代の男がいて、2人はキスもしたことがないけれど、これも見方によっては恋愛の一種ね。セックスを伴わない男女の愛もあるでしょうから」

 執筆を始めたときは、「とくに“愛”について書くつもりはなかった」という瀬戸内さん。しかしこうして1冊にまとめてみると、「結局はそういうことしか書いてないわね」と笑う。

「だって、生きることは、愛することだから。誰かを好きになる気持ちは、死ぬまで変わらないでしょ。それに私、年をとるごとに、書くものがどんどん色っぽくなるの。なぜかといえば、51歳で出家した後、全然セックスしてないから(笑)。たまったものを発散していないから、それが創作に向かうんじゃないかしら」

 今作には夫婦の話も多いが、夫が愛人をつくったり、妻が夫以外の男性と関係を持ったりと、何らかの裏切り行為を経験しているカップルがほとんど。やはり夫婦が長年、愛情を保ち続けるのは難しいのだろうか。

「夫婦になっても、慣れると退屈しますからね。“夫婦は8年で倦怠期が来る”と言うけれど、お互いの気持ちが燃えているのは、せいぜい2年じゃないかしら。それとね、夫が外に女をつくったからといって、“浮気相手との関係を清算してずっと私だけを見て”というのは無理よ。浮気性は病気みたいなものだから、死ぬまで治らない。

 乙武(洋匡)さんも“5人と浮気した”と言ってたけど、本当はもっと多いでしょ(笑)。それを“病気だから”と許せるなら、奥さんもずっと連れ添えばいい。でも、許せないなら別れたほうがいい。

 ただね、どんなに仲がよくて最後まで添い遂げた夫婦でも、1度もほかの人にドキドキしたことがなかったかといえば、そんなことはないでしょう。結婚生活を壊してまで行動することはなくても、そういう気持ちは誰にでもあるはず」

■作中にはLINEやシールズも登場

 長年の紆余曲折を経た男女の関係が描かれる一方、若い世代の登場人物も多い。例えば『さよならの秋』で語り手となるのは、SEALDsで活動する21歳の女の子だ。驚くのは、まさにイマドキの子の口調で書かれていること。“LINE”“デモッてる”といった言葉も登場し、もし著者を知らずに読んだら、同世代の若い作家が書いたものとしか思えないだろう。