恫喝訴訟が、住民側の勝利的和解で決着
福島第一原発で事故が起きたのは、総攻撃のようだった工事態勢が沈静化したころだった。工事は一時中断され、免許を出した二井関成元知事は「免許延長は許可しない」と言明。'12年夏に就任した山本繁太郎前知事もそれを踏襲した。
ところが'12年10月、失効直前に中電が免許の延長許可を申請すると、前知事は不許可から判断先送りへ転じた。現在の村岡嗣政知事は、それを引き継ぐと言っていた。だが今年8月3日、唐突に延長を許可。上関原発が国のエネルギー政策に位置づけられていることを中電は説明したから「公有水面埋立法に基づき許可するほかない」と釈明した。
一方で、9月の山口県議会では「'12年10月の中電の延長許可申請には正当な事由がなく、不許可にせざるをえない」と真逆の指摘もあった。'12年9月に閣議決定の「今後のエネルギー・環境政策について」に明記された「革新的エネルギー・環境戦略」の原則は「原発の新設・増設は行わない」であり、上関も適用対象だと経産相に指摘されていたからだ。戸倉多香子県議はそう話す。
延長許可と同時に出た設計変更許可についても、漁師の家に育った戸倉県議は安全性を疑問視する。
「上関に近い周防大島は上関同様、県の想定津波高は3mほどだが、162年前に16mの津波が来た伝承がある。原子炉敷地の地盤高を5m嵩上げして15mとしつつ、護岸設計で考慮した津波高は4・6mのまま設計変更なし。十分なのか」
1982年に女性が始めた祝島の原発反対デモは3・11後も続き、まもなく1300回となる。次々に危機は起きるが、そのたびに、当事者になる人も増えている。表現の自由も問われる恫喝訴訟で、特に顕著だ。
その恫喝訴訟が8月30日、住民側の勝利的和解で決着した。中電は損害賠償請求を全額放棄、工事が再開されても、訴えていた4人の表現行動を尊重するという。
「市民の力が世の中の流れを変えることができるという希望だ。抗議行動は間違っていなかった」と岡田さん。あきらめずに声をあげる限り、それは広がる。
<プロフィール>
取材・文/山秋 真
ノンフィクションライター。神奈川県出身。石川県珠洲市、山口県上関町と原発立地問題に揺れる町と人々の姿を取材。近著に『原発をつくらせない人びと―祝島から未来へ』(岩波新書)がある