これほどまでにドトールが強くこだわる鮮度だが、コーヒーチェーンの中には、海外で焙煎されたコーヒー豆を船で日本に運んでくるところもあるらしい。1カ月前後の日数をかけて、である。本当においしいコーヒーを飲みたいなら、お店で聞いてみたほうがいいかもしれない。「このコーヒー豆は、いつ焙煎され、どうやって配送されているのか」と。
つまり、ドトールが提供しているのはこだわりぬいたコーヒーであって、単に安いだけのコーヒーではない。1度、本物の味を知ったお客はそうそう後戻りできない。飲食業界や食通の人たちの間でドトールのコーヒーを高く評価する人は多い。
スプーンがソーサーに滑り落ちないからイライラしない
ドトールコーヒーのこだわりは、豆だけにとどまらない。たとえば、コーヒーカップ。オリジナルのカップ&ソーサーは形状、厚さ、取っ手なども考え抜かれている。
唇が触れるカップの縁は、飲み口が滑らかになるよう、スムーズな口離れによって、液だれを起こしにくい曲線に吟味されている。
取っ手の持ちやすさも、右手の人差し指を入れ、親指で上部を、中指で下部をはさみこむようにして持ち上げる前提で、最も指が当てやすい形状になっている。もちろん、熱いカップに指が触れずに済むよう計算されている。サイズによって取っ手の形状も変わる。また、釉薬(うわぐすり)も考えて選び、洗浄したときに口紅が落ちやすいよう、調整したという。
コーヒーを飲むとき、カップを持ち上げると、スプーンがソーサーにするりとすべり落ちてしまうことがある。カップをソーサーに戻そうとするとき邪魔になり、これが意外にイライラするのだが、ドトールコーヒーショップの食器では、絶対にこうはならない。スプーンがすべり落ちないよう設計されているのだ。本を出した後、お店の中でこれを確かめている人が何人もいたのを見た。もちろん、私もやってみたのではあるが。
「言われてみれば、確かに心地がいい」
持ち帰り用の紙コップにもこだわりがある。もともとメーカーからは、ファストフードなどで使われるプラスティック素材のモコモコした形状のカップを提案されたが、「持った感じが気持ち悪い」という意見が社内で出た。
そこでエンボスタイプと呼ばれるものをメーカーと共同で開発した。紙の表面に小さな凸凹がついて熱さをカバーする。最近では、セブン-イレブンのコーヒーも、このカップが使われている。実は業界では「ドトールタイプ」とこのカップは呼ばれている。
多くの人はこだわりに気づいていないかもしれない。しかし、それでいいのだという。何も意識されない、というのが、ドトールにとってはベストなのだ。
上阪 徹(うえさか とおる)○ブックライター。1966年、兵庫県生まれ。85年、兵庫県立豊岡高校卒。89年、早稲田大学商学部卒。アパレルメーカーのワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスに。経営、金融、ベンチャー、就職などをテーマに、雑誌や書籍などで幅広く執筆やインタビューを手がける。主な媒体に、『GOETHE』(幻冬舎)、『AERA』(朝日新聞出版)、『週刊現代』(講談社)、『就職ジャーナル』(リクルート)、『Tech総研』(リクルート)など。著書に『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』(あさ出版)、『僕がグーグルで成長できた理由』(日本経済新聞出版)、『職業、ブックライター。』(講談社)、『成功者3000人の言葉』(飛鳥新社)、『リブセンス』(日経BP)など。他の著者の本を取材して書き上げるブックライター作品も60冊以上に。