市民の健康より、原発の復興を優先したい安倍政権
それに乗る動きもある。現行の基準値は風評被害を助長すると、原子力規制委員会の田中俊一委員長は見直しを訴える。被災地の県知事らは県産食品の輸入解禁を海外に要望。経済協力開発機構の原子力機関も国際基準の新設に意欲的だ。
それを受け、福島・茨城・栃木・群馬・千葉各県で生産加工された食品の輸入を規制する台湾が、解禁の動きを見せた。その台湾は3・11以降、原発を否定する声が再燃。首都・台北駅前の8車線道路を5万人で15時間占拠する非暴力の意思表示などを経て、原発を長年推し進めた国民党から、脱原発を公約にする民進党へ、2度目の政権交代があったばかりだ。
「内部被ばくの不安は大きい。解禁に同意することで原発災害の過小評価を追認したとされても困る。だが産地別の輸入規制が風評被害を招くなら不本意だ。日本の人々が食のリスクとどう向き合っているかを知りたい」と、市民団体『主婦連盟環境保護基金会』『緑色公民行動連盟』は昨年末に来日。生産者や消費者、流通関係者らを訪ねた。
前出・たらちねでは計測データも見つつ質問を重ね、「測定結果の意味を理解するには測定方法なども知る必要があるとわかった」(主婦連盟のライ・シャウフン代表)。福島で、県内産の食品は日本国内で消費できるという声を聞いた緑色連盟のツイ・スーシン事務局長は、「安倍政権が輸入解禁を迫る真の狙いは、世界への福島の安全宣言ではないか。眼中にあるのは原発の復興で、市民の健康ではない」と指摘する。
分断をもたらす風評被害の呪縛
風評被害に関する消費者の意識調査(消費者庁)では、福島県産品の購入をためらう人は16%前後。東京都中央卸売市場の市場統計を見ると、福島県の名産である桃の築地市場での取扱実績は、’11年は平均価格がほぼ半減するも合計数量は増え、合計金額の下落は約800万円にとどまった。以降の平均価格はほぼ上昇傾向で’15年は’10年実績を超えた。合計数量は’12年に下がるが’13年は前年比で約13万kg増、以降はほぼ同規模だ。野菜全体では’11年に平均価格が微減、合計数量と合計金額も下落し’12年はいずれもさらに下がった。’13年以降、平均価格は上昇傾向で’10年実績超えを保つが、復興関連イベントの影響はありそうだ。合計数量の回復はなかばで合計金額は上下して低迷中。
他県はどうか。台湾が輸入を規制する茨城・栃木・群馬・千葉4県の野菜全体を見ると、いずれも平均価格が’11年に下落したが’12年か’13年には上昇へ転じ’16年はほぼ’10年の実績以上。合計金額も、微減の群馬を除き同様に上昇か横ばいだ。
この実態を、風評被害と呼ぶかは悩ましい。福島大学の小山良太教授は、農作物に関する風評問題を「実際は安全なのに、安全でないという噂を信じて消費者が不買行動をすることで、被災地の生産者に不利益をもたらすこと」としつつ、原子力災害で安易に「風評」問題というと「放射能汚染を“生産者”対“消費者”の問題に矮小化する」と著書で指摘する(※『福島に農林漁業をとり戻す』[みすず書房]より)。専修大学の阿部史郎助教は、風評被害には補償があり、経済的被害を相殺して解決となるが、風評が風化しないと「風評被害は発生し続け、補償額が増加するという支払い側の問題が発生する」と喝破(※『農産物・水産物の流通から見る風評被害』より)。