いつの間にか「イケメン」の称号が
それから、2週間ごとの私たちの訪問診療がはじまりました。
数か月使うことがなかった足の筋肉はすっかり衰えているにもかかわらず、あなたは「そのうち歩けるようになるーー」と信じて疑わなかったし、にこやかに過ごす日も多く、一時はなぜか「カレーうどんを食べたい」との思いを強くあらわすまでに気力は回復していきました。
そうこうするうちに、訪問診療に付き添うわが診療所の3名の熟年看護師は口々に、あなたの年功の気迫で凛々しく整った顔立ちともの静かさを高く評価しはじめ、あっという間にフアンになってしまいました。
齢80歳を超えたとは思えない顔貌には、いつの間にか「イケメン」の呼称が授けられていたのをあなたは知らなかったでしょうネ。それはあなたが若くして奥様を亡くされたあと、再婚もせずに二人の娘さんを育て上げた功績に対する、彼女たちからの称賛と敬意を合わせたものでもありました。
病気の真実
そんな穏やかで満ち足りた日々がようやくはじまりかけたと思ったら、長年パン職人として働きづめだった若いころからの無理がたたってか、左足の強い痛みとしびれ(坐骨神経痛)に苛まれるようになり、さらに両膝は少し曲がりだし、しだいに関節の動く範囲が狭くなる「拘縮」がはじまりました。
それは最新の鎮痛剤の処方と訪問マッサージ導入の効果が出はじめたころのことでした。
実は、後日わかったことですが、訪問マッサージ師が施療の途中でなにげなくうっかり、「胃がんの手術はいつだったんですか?」と聞いてしまったのです。
あなたが急に元気をなくしたのは、きっとそのせいだったのでしょう。そればかりでなくそれからあなたは、長女の夫が病状悪化したためにやむを得ずレスパイト入院(*1)したり、心不全の再発、そして退院直後に併発した肺炎で緊急再入院するなど、まぎれもない下り坂に突きすすまされていく毎日を強いられたのです。
さらには、ふいに起こる激しいめまいや、顔をしかめるほどの右わき腹の痛みなど、かれこれ2か月間の険しい試練の在宅療養の日々を過ごすことになりました。
そんな状況を見かねて、私は今さらながら病気の真実を本人に説明すべきだ、と長女さんに提案し、その同意と同席のもとで「悪い知らせ」を告げました。
あなたはさしたる表情の変化も見せずに、それを聞いていましたねーー。
そのうえで、痛みに対する積極的な麻薬の使用と緩和に向けて、点滴投与量の制限(=ドライアップ*2)ならびに、患者さんへの傾聴(*3)を強化するなど、治療方針の変更を行いました。