目指せ、からあげ界の横綱
引退から数か月。丸山さんの姿は、福岡は西新の商店街・高取商店街にあった。
4月に『元祖! 中津からあげ「もり山」西新店』に就職、現在見習いとして店長の森山寛之さん(38)をアシスト、まずは『からあげグランプリ塩ダレ部門』で5回連続最高金賞受賞という秘伝の味を身につけるべく、奮闘している最中だ。
実力社会である大相撲では、幕下以下には給料が出ない。収入は序二段として場所ごとに8万円の手当と、1勝ごとに1500円程度。あとは後援会からのご祝儀と関取からの小遣いがすべて。個人で店を開けるような蓄えなどなかった。
開業こそできなかったが、塩ダレだけでさっぱりと仕上げるからあげは、子どもから高齢者まで大好評。香ばしい香りに誘われて、商店街を行く人たちが次々と立ち止まる。
店長の森山さんが言う。
「見た目は怖そうなんだけど、ものすごくやさしい人です。接客するとやんわりされているんで、そのギャップが人気です(笑)。小さなお子さんもニコニコと笑ったりね。
実際、丸さんがからあげ揚げている姿って、実にうまそうに見えるんですよ(笑)。お客さんもそう言いますね」
前出の西新店オーナーの松尾さんがこう言っている
「将来は丸ちゃんに七隈の店を任せたい。この店は狭い反面、座っても作業ができる。足が悪くてもやれますから」
昨年、人手不足から、一時この店をたたもうと考えたこともあると松尾さん。だが、「丸ちゃんが来るんなら、店を閉め、空家賃を払ってでも手放さないでおこうと思った」
人生の土俵を相撲界から外食産業に移しての、丸山さんの勝負は始まったばかり。
だがこの世界なら、さまざまな人々の温かい目に見守られつつ、角界一と称された料理の腕を存分に生かすことができるだろう。とはいえ、当人はいたって謙虚だ。
「まだまだ見習い。相撲取りのときの料理と、お客さんにお金出して食べてもらう料理は別。まずは修業しなくちゃ」
からあげ界の横綱目指しての勝負は、待ったなし! ハッキョヨイ、残った──!
取材・文/千羽ひとみ
せんばひとみ ライター。神奈川県出身。企業広告のコピーライティング出身で、ドキュメントから料理関係、実用まで幅広い分野を手がける。『人間ドキュメント』取材のたび、「市井の人物ほど実は非凡」であると実感。その存在感に毎回、圧倒されている。