東日本大震災の復興視察の際に宮城県のハンセン病療養所を訪問された('14年7月)
東日本大震災の復興視察の際に宮城県のハンセン病療養所を訪問された('14年7月)
すべての写真を見る

 ハンセン病患者に対しても特段のお気遣いをされていて、地方を訪れた際に療養所があると、必ず立ち寄って入所者を励まされています。

《今後入居者の数が徐々に減少へと向かう各地の療養所が、入所者にとり寂しいものとならないよう、関係者とともに見守っていきたいと思います》('01年お誕生日)

 '96年にハンセン病患者を隔離する『らい予防法』が廃止されたことで、療養所への強制入所はなくなりました。しかし、すでに入所している方が高齢化して入居者が減少することを危惧されています。

 療養所に両陛下が訪れることで療養所が報道され、国民がその存在を知ることで双方が近づき、結果的に「国民統合」につながることを願われているのでしょう。

国際親善上、意義のあった「おことば」

「国際親善」という意味で、とても意義のある行為をされていることがわかる「おことば」があります。

 例えば'00年のオランダとスウェーデン訪問に際する会見で“この訪問のためにどのような準備をされているか”という質問に対して、

《訪問のお話が具体化してきたころから、スウェーデンのラーゲルレーフの短編やフィンランドのトペリウスの白樺と星の物語など、若いころに読んだ懐かしい本を再び取り出して読んでおりました》

 海外訪問前の会見には外国人記者協会の記者もいるので、訪問先では会見でのご発言が報道されます。

 事前に自国にまつわる本を読んで勉強されていることを現地の国民が知れば、日本への好感度が高まります。

 '93年のヨーロッパ諸国へのご訪問前の会見では、“この夏は多忙で十分な準備ができなかった”としたうえで、

《子供たちが学校で使った世界史の教科書をもらってありますので、出発までの間に、せめて訪問する国々の歴史の復習だけでも出来ればと思います》

 子どもたちの教科書で歴史の復習をしたいとおっしゃったところに美智子さまのひたむきさや勤勉さを感じますね。

 '05年のお誕生日で、“戦争記憶の継承”についての質問に対するご回答では、

《経験の継承にということについては、戦争のことに限らず、だれもが自分の経験を身近な人に伝え、また、家族や社会にとって大切と思われる記憶についても、これを次世代に譲り渡していくことが大事だと考えています》

 この年の夏には、栃木県那須町にある千振開拓地に訪問されました。

 その際に秋篠宮家の長女・眞子さま(25)も同行されたのですが、満州からの引揚者である同地の開拓者から入植体験を聞いたことについて触れられています。

《眞子がやや緊張して耳を傾けていた様子が、今も目に残っています》

 さらに、皇太子家の長女・愛子さま(15)の夏の宿題で戦争に関する新聞記事を集めていたときのお話も興味深いですね。原爆を投下された広島県の女子学生について、

《戦争末期に人手不足のため市電の運転をまかされていた女子学生たちが、爆弾投下4日目にして、自分たちの手で電車を動かしていたという記事のことが話題になり、ああ愛子もあの記事を記憶していたのだと、胸を打たれました》('15年お誕生日)

 これらの「おことば」からも“次世代”に「戦争の記憶」を継承したいという「願い」が感じられます。「妻」「母」「皇后」として、美智子さまの「おことば」には、いろいろな思いがあふれている─。