病気の人が急激に痩せると、つい、がんではないかと疑ってしまうが、がんになるとなぜ痩せるのだろうか。その理由をがん専門医で、東京・市ヶ谷の「健康増進クリニック」院長の水上治医師に聞いた。
「がんでなくても大きな手術を受けるとたいてい痩せますが、たしかにがんは多くの場合痩せます。がんの患者さんのなかには、抗がん剤の副作用として起こる吐き気やおう吐、味覚障害などで食事がとれなくなることがあります。また、病気に対する不安で食欲不振になったり、食道がんや胃がんの患者さんでは、手術で食道や胃の一部を切除したことによって、今までと同じような食事をとりづらくなることがあります」
これらは体重を維持するだけの必要な食事量がとれなくなって痩せてしまうわけだが、近年、別の原因が注目されている。
がんで痩せる「悪液質」とは
「これまでは医師も『がんになったら多少痩せるのは仕方がない』とあきらめていたのですが、がんで痩せる別の仕組みがわかってきたことで、近年はがんの合併症(がんによって引き起こされる病気)だと考えられるようになってきました」(水上先生、以下同)
それは『悪液質(あくえきしつ)』と呼ばれるもので、がんが身体に及ぼす作用によって食欲が低下し、筋肉や脂肪が異常に減って痩せてしまう状態を指す。筋力が低下することによってこれまでできていたことができなくなって生活の質が低下し、また、食欲低下で体力が落ちて抗がん剤治療などを続けることができなくなることもある。
さらに厄介なのは、食欲不振による家族との対立だという。家族は体重がみるみる減って痩せ細っていくのを見て、「がんばって食べないとがんに勝てないわよ!」と食べさせようとするのだが、本人は食欲がなくてどうしても食べられず、ケンカになることもあるのだ。
「がん細胞によってサイトカインという物質が増えて脳に作用すると、食欲が抑制されてしまい、食べられない状態になってしまうのです」
お腹が減っていても脳が食べたくないと判断して食べられないのなら、痩せてしまうのも無理はない。しかも、サイトカインという物質は、筋肉や脂肪を燃焼させる働きもあるので、たとえ安静にしていてもエネルギーが消費される。エネルギーが過剰に消費されているのに必要な栄養がとれないため、げっそりと痩せこけていくというわけだ。
2021年に悪液質の治療薬が登場
「がんの悪液質は、半年で5%以上の体重減少があった場合に診断されます。体重60キロの人だと5%は3kg。見た目にはほとんどわかりません」
つまり、見た目でかなり痩せたなと思ったら、悪液質が相当進んでいる可能性があるのだ。体重減少の程度が大きければ生存率に影響を及ぼすこともわかっている。がん患者の“激ヤセ”は危ないのだ。
「でも、朗報があります。これまでは治療の対象になりにくかった悪液質ですが、去年、世界初の治療薬である『アナモレリン』というのみ薬が日本で承認されました。胃から分泌されるグレリンというホルモンに似た働きをする薬で、脳に作用して食欲を刺激したり、成長ホルモンの分泌を促して筋肉の合成を助けたりします」
この薬を服用した患者の多くで食欲が回復し、筋肉や体重の増加が確認されたという。医療者たちも、がんになって痩せるのは仕方ないと考えず、積極的に治療を行うように変わりつつあるのだ。
日々進歩するがん治療。がんで闘病中のすべての人に、一日でも早く明るい希望が見えることを祈るばかりだ。