順調なリハビリの日々を送るが、むろん、心が折れることもある。
中でも落ち込んだのは、トイレでの失敗。
「お腹をこわして、トイレが間に合わなくてさ。カミサンに片づけてもらったときは、涙が出たよ」
孝が暗い声を出す。と、さりげなく進が口をはさむ。
「俺だってあるよ。飲みすぎた翌朝とかさ(笑)」
「そうか、あるか」
気づけば、孝に笑顔が戻る。
大腸がんを経験した進は、今も月に1度、血液検査を受けている。
「腫瘍(しゅよう)マーカーの値が、今月も異常なしってわかると、心からホッとする。ああ、よかったって。それで、居酒屋で1杯やるんだ」
病名は違えど、同じように大病を経験した進は、兄の気持ちが誰よりもわかる。進流のやり方で、兄を支えている。
「進やカミサン、スタッフには本当に感謝してる。俺は病気になって、身体の自由を失ったけど、周りにどれだけ助けられているかに気づけた。これは、大きな収穫だよ」
どんな状態になっても、そこに楽しみはある
回復とともに、復帰へのお膳立ても着々と整っていった。
発症から11か月後には、ラジオ番組にトーク出演。その翌年からは、コンサートへのゲスト出演など、歌の活動も再開した。
中でも思い出深いのは、昨年、母・きよ子さん(享年96)が亡くなる数か月前に見に来た、東京・立川でのステージ。
「もう1度、兄弟で歌う姿を見せられて、最後の親孝行ができたと思う。出番が終わって、客席のおふくろのところに行ったら、“よかったよ。本当によくできたね”って喜んでくれてね」(孝)
満を持して臨んだ、今年3月の『3年越しの45周年』は、偶然にも母親の命日だった。
1000席のチケットは、すぐに完売した。コンサートの構成は、孝が担当。曲順や、トーク内容をつぶさに練った。
「もう、頭の中で何回コンサートをやったことか。お客さんに、チケット料金以上に喜んでほしいからね。その目標が、何よりのリハビリになったんじゃないかな」(孝)
懸命になるあまり、兄弟でぶつかることもあった。
「病気のせいで、繊細にハモるのが難しい。もどかしくて、進やスタッフにあたってしまったりね。だけど、よく聞こえる右耳で音を拾いながら、だんだんと覚えていったんだ。新しい身体と向き合って、試行錯誤しながらね」
努力は実を結び、全23曲、3時間にわたるコンサートは、大盛況のうちに幕を下ろした。