世界20か国以上から注目
史彦さんは、62歳。若年性認知症の状態にあります。もともと大企業の社員食堂で働いていたそうです。休憩中、『注文をまちがえる料理店』の看板を前に史彦さんがしみじみ語ってくれました。
「社員食堂で働いていた時代は本当につらかったよ。間違えるとむちゃくちゃ怒られるからね。お客さんは帰っちゃうし、上司からも怒られるし、『クビだ!』なんてこともあるわけでしょう」
どこかビクビクしながら働いていたら、若年性認知症と診断され、働くことができなくなってしまった。そういう時に、この『注文をまちがえる料理店』の話を聞いたのだそうです。
「すごく気が楽だったよ。だって間違えてもいいんだもんね」。そして、ぼそっと言いました。「ここのお客さんは優しいよ。間違っても怒らないもんなぁ」。
もちろんうまくいった話ばかりではありません。1時間ほど働いたらひどく疲れてしまい、気分も落ち込んでしまって途中で帰った方もいました。それもまたひとつの現実です。
ですから『注文をまちがえる料理店』が認知症の問題を解決するとは、当たり前ですが思っていません。ただ、料理店をやってみて、「間違えちゃったけど、まあ、いいか」とほんのちょっとだけ寛容になれれば、誰にとっても心地いい居場所が生まれるということがわかったのはとても大きな発見でした。
その後『注文をまちがえる料理店』は、9月にも規模を拡大して、3日間限定で実施したところ、国内のみならず世界20か国以上から、熱い注目を集めることになりました。
「自分たちの街で、国で実施したい」という声も多数届いています。間違えたときに、てへっと笑ってぺろっと舌を出す様子をモチーフに作られた“てへぺろ”が『注文をまちがえる料理店』のロゴマーク。
この“てへぺろの輪”が今、少しずつ広がろうとしています。
小国士朗(おぐに・しろう)◎テレビ局ディレクター。『注文をまちがえる料理店』発起人。1979年生まれ。東北大学卒業後、2003年に某テレビ局に入局。2013年に心室頻拍を発症。テレビ番組を作るのが本当に大好きで相当なエネルギーを注いできたが、それを諦めなければならない事態になり、一時はかなり悩み落ち込む。しかし「テレビ局の持っている価値をしゃぶりつくして、社会に還元する」というミッションのもと、数々のプロジェクトを立ち上げ、いつしか局内でもテレビ番組をまったく作らない、おかしなディレクターとして認識されるようになり、ついには専用の部署までできることに。『注文をまちがえる料理店』はとある取材時に思いついたことを形にしたもの。好物はハンバーグとカレー。