1986年『女が家を買うとき』(文藝春秋)での作家デビューから、70歳に至る現在まで、一貫して「ひとりの生き方」を書き続けてきた松原惇子さんの不定期連載です。今回は、日本のセクハラ問題の根本にあるものを考えます。

女子供は、自分より下だという考えから抜けきっていない ※写真はイメージです

第5回「日本男性のセクハラにはうんざりする」

 昨今、世間を騒がせているセクハラ問題は、財務省のセクハラ疑惑にとどまらず、レスリング界のパワハラ、国会議員のヤジや暴言など、これでもかこれでもかと出てきて、うんざりさせられる。

 男女共学で育ち、女性の社会進出は当たり前になり、男女の格差はなくなりつつあるのに、男性の男尊女卑の考え方が変わってないのには、呆れてしまう。平成になってから30年も経つというのに、男性の頭の中はいまだに戦国時代? 女子供は、自分より下だという考え方から抜けきっていない。

 高級官僚の全部が全部とは言わないが、高い学歴、高い社会的地位が何なのと言いたくなる。それが、あなたの目指してきたことなのか。人をさげすむために階段を上ってきたのか。

 世の中の多くの人は、大学名、官僚、有名企業、教授などの肩書で人を見る傾向がある。そして、男性本人も、そこを目指す。人格を磨かずして地位を得てしまったから、えらそうにするのだ。上の人には、「ごもっともです」と、ちぎれるほど尾を振り、その反動として、下の人には冷たく当たる。ああ、こうして書いているだけでも腹が立ってくる。

 会社員を6か月で辞め、それ以来組織には属さず、一匹オオカミで仕事をしてきたわたしだが、セクハラを経験している。

 40代の中ごろ、ある雑誌社から、雑誌の顔としていろいろと登場してほしいという依頼があった。「わあ、ヤッター」林真理子さんのように有名ではないわたしに依頼がきたのだから、天にも昇る気持ちだった。ついに、認めてくれる人が現れたのだわ。

 会社に出向き、男性社長、女性編集長やスタッフと楽しい打ち合わせをする日々。そんなある日曜日の朝、男性社長から電話があった。